2010.07.23 Friday
私の教育人生42(果てしなく遠い道)−3「生業の意味」池上惇
━━第42部━果てしなく遠い道━━
3「生業の意味」
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今回の大学院づくりで、わたくしは、「生業に打ち込む人々」の生きるための智慧に注目した。京大で経済学研究科の中に、現代経済学専攻をつくらせていただいたときもそうであったが、社会人大学院生には、現場の迫力を大学院に持ち込みながら、そこで、「生業の中で」生み出されたアイディアが修士論文、博士論文の核心となった例が多い。
これは、自然科学が実験の中で、創造的アイディアを確かめるのと同様であって、社会科学は働く現場で、現場を変えるアイディアをうみだし、実践によってたしかめるのである。このアイディアは、生業に正面から向き合い、まともに、考え抜く人でないと誕生しにくい。その意味では、誠意を貫く人格的な高さがないと研究は出来ないのだろう。
弘法大師さまも、「仁なくして学なし」と言う意味の事を指摘されているが、まさに、そうなのである。
最近の娯楽アニメには、悪魔の誘惑に負けて自分の研究や知識を、彼らに捧げる科学者が登場するが、これは、作り話であって実際には絶無であるように思う。世に言う‘御用学者’(権力者にへつらうの意)は学者の履歴はあっても、実際には、研究はしておらず、学術人というよりは策士というべき人が多い。
そこで、「生業の中で創造的なアイディアを生み出した人々が、それを発展させ、実用化し、世の中に出してゆく場としての大学院」。
「働きつつ、生業から創造的なアイディアを生みだし、学ぶ人々の大学院」が求められるのである。
そして、このような大学院をつくるにあたっては、教師が自己を主張するのではなくて、社会人大学院生の生業をよく理解し、その生業の研究に必要な学術を自分も勉強して、ともに、研究する姿勢が必要である。
幸い、私は、大勢の社会人大学院生を教育したので、ありとあらゆる産業や、行政、福祉や教育の領域を研究する機会に恵まれた。また、私には、「未知のものへの‘無知の自覚’」と、「次世代への支援で貯金を取り崩し貧乏になった誇り」があったので多様な考え方を柔軟に受容できたように思う。人間、自分の学識に自信を持ち、定職につき、要職を得て、カネが出来、豪邸を建てるとろくなことはない。
無知と貧乏のお陰で、自由に学習した結果、おそらく、経済学分野では、当時、主査として、最大の規模の学位授与数であったろう。当然、多様な領域についての深い研究に接して教えていただいたことが多い。有り難いことである。
ここから、教師の学生に対する奉仕や報恩の気持ちが生まれる。社会人学生にも感謝の気持ちをお持ちいただくことが多い。ここで両者に共同研究が成り立つと、実に貴重な成果が生まれる。
大学院大学の設立準備室は、先月まで、年間家賃300万円のオフィスであった。私どもには、とんでもない重い負担であったが、市価からいえば、駅前の一等地である。非常に安い。京都市のご配慮に感謝しながら、ここで申請準備をしつつ無数の共同研究の機会があった。この場が感謝と報恩を基礎とした研究活動の場となったのである。その成果は、少しずつ公表され始めているが、そのうちに、奔流のように広がって学術界を一変させることだろう。社会人学生ならぬ‘自立した社会人研究者’‘オーバードクター’とよばれる迫力ある研究者たち。かれらは、坂本龍馬のように海援隊を組織して、社会を洗濯するひとびとである。彼らを放置し軽蔑する社会の主流派に反省を迫り、自分たちこそが日本の学術を担い、著作物を蓄積し、社会の人々に心の糧となる創造的成果をとどけることを目指している。
私の長い人生は、彼らと共にあって、いま、開花の時期を迎えた。京都の多数の学術人が社会人教育の大事さをご理解いただき、文化資源を活かした生業の研究に多くの関心が寄せられている今、世代を越えて共同研究の輪がひろがることを切望する。
3「生業の意味」
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今回の大学院づくりで、わたくしは、「生業に打ち込む人々」の生きるための智慧に注目した。京大で経済学研究科の中に、現代経済学専攻をつくらせていただいたときもそうであったが、社会人大学院生には、現場の迫力を大学院に持ち込みながら、そこで、「生業の中で」生み出されたアイディアが修士論文、博士論文の核心となった例が多い。
これは、自然科学が実験の中で、創造的アイディアを確かめるのと同様であって、社会科学は働く現場で、現場を変えるアイディアをうみだし、実践によってたしかめるのである。このアイディアは、生業に正面から向き合い、まともに、考え抜く人でないと誕生しにくい。その意味では、誠意を貫く人格的な高さがないと研究は出来ないのだろう。
弘法大師さまも、「仁なくして学なし」と言う意味の事を指摘されているが、まさに、そうなのである。
最近の娯楽アニメには、悪魔の誘惑に負けて自分の研究や知識を、彼らに捧げる科学者が登場するが、これは、作り話であって実際には絶無であるように思う。世に言う‘御用学者’(権力者にへつらうの意)は学者の履歴はあっても、実際には、研究はしておらず、学術人というよりは策士というべき人が多い。
そこで、「生業の中で創造的なアイディアを生み出した人々が、それを発展させ、実用化し、世の中に出してゆく場としての大学院」。
「働きつつ、生業から創造的なアイディアを生みだし、学ぶ人々の大学院」が求められるのである。
そして、このような大学院をつくるにあたっては、教師が自己を主張するのではなくて、社会人大学院生の生業をよく理解し、その生業の研究に必要な学術を自分も勉強して、ともに、研究する姿勢が必要である。
幸い、私は、大勢の社会人大学院生を教育したので、ありとあらゆる産業や、行政、福祉や教育の領域を研究する機会に恵まれた。また、私には、「未知のものへの‘無知の自覚’」と、「次世代への支援で貯金を取り崩し貧乏になった誇り」があったので多様な考え方を柔軟に受容できたように思う。人間、自分の学識に自信を持ち、定職につき、要職を得て、カネが出来、豪邸を建てるとろくなことはない。
無知と貧乏のお陰で、自由に学習した結果、おそらく、経済学分野では、当時、主査として、最大の規模の学位授与数であったろう。当然、多様な領域についての深い研究に接して教えていただいたことが多い。有り難いことである。
ここから、教師の学生に対する奉仕や報恩の気持ちが生まれる。社会人学生にも感謝の気持ちをお持ちいただくことが多い。ここで両者に共同研究が成り立つと、実に貴重な成果が生まれる。
大学院大学の設立準備室は、先月まで、年間家賃300万円のオフィスであった。私どもには、とんでもない重い負担であったが、市価からいえば、駅前の一等地である。非常に安い。京都市のご配慮に感謝しながら、ここで申請準備をしつつ無数の共同研究の機会があった。この場が感謝と報恩を基礎とした研究活動の場となったのである。その成果は、少しずつ公表され始めているが、そのうちに、奔流のように広がって学術界を一変させることだろう。社会人学生ならぬ‘自立した社会人研究者’‘オーバードクター’とよばれる迫力ある研究者たち。かれらは、坂本龍馬のように海援隊を組織して、社会を洗濯するひとびとである。彼らを放置し軽蔑する社会の主流派に反省を迫り、自分たちこそが日本の学術を担い、著作物を蓄積し、社会の人々に心の糧となる創造的成果をとどけることを目指している。
私の長い人生は、彼らと共にあって、いま、開花の時期を迎えた。京都の多数の学術人が社会人教育の大事さをご理解いただき、文化資源を活かした生業の研究に多くの関心が寄せられている今、世代を越えて共同研究の輪がひろがることを切望する。






