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私の教育人生41(本物と映像)−5「文化資本の象徴化と貨幣資本(続)」池上惇
━━━━第41部━本物と映像━━━━━━━
5「文化資本の象徴化と貨幣資本(続)」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 前回見たように、地域に根ざした生業の成果であり、職人技の粋を尽くした財であっても、商取引のなかでは、しばしば、「金銭的価値を追求する亡者」の餌食となる。

このアン・フェアーなトレードは、もう一つの顔を持っている。

それは、「金銭的価値を追求する亡者」のもう一つのビジネス、すなわち、投機事業である。投機事業の本質は、土地や株式などの買占めや空売りによるキャピタル・ゲインの最大化である。この事業は人間の生業ではない。
生業とは、人間が自然に働きかけ、他人と共に、その恵みを生かし、共存しながら仕事をすること。これが基本である。この結果、人間は、財やサービスを生みだし、それらを交換し、あるいは、自己消費して生活することができる。また、他人と共に働くとき、自分が蓄積した財産を貸し出して、ともに、成果をあげることも出来る。この点から見て、生業には、生産、交換(商業を含む)、金融などの多様な職業を含むことが出来る。

しかし、生業を悪用して、金融事業者が投機事業に乗り出すことは、生業とはいえない。これは「生業から疎外された金融事業者」である。同様に、商人が「固有価値のある職人芸の生産物(例えば工芸品)を金銭の蓄積力を活かして安く買い叩く」ことも、生業ではない。これは「生業から疎外された商人」である。

 疎外というのは、自分が生業でつくりだしたもの(例えば金銭)を、自分や生業よりも価値が高いと錯覚して、金銭亡者になり、生業を金銭獲得の手段としてしまい、その結果、人間本来の姿を見失う事を言う。

 これは、「疎外された生業としての投機事業」ともいうべき異常なビジネスである。

このビジネスの手に掛かると、生業で手に入れた、なけなしの金銭を株式の購入に投じた人々は、かれらの株価操作に振り回され、値上がりに便乗すると、急激な下落に見舞われる。かれらの金銭は瞬間に、投機業者の手に渡る。それだけではない。

投機事業者自体が生業の実態を見失って、危険な事業に引き込まれ、自身が破産して世界経済全体を大不況に巻き込む。たまったものではない。
株式市場では、生業を表現しない、「疎外された象徴資本」ともいうべき企業が人気を集め、人々を欺く。

 ここでは、「多額の貨幣蓄蔵をもつ投機事業者」と「小額の貨幣しかない生業人」が混在する。ここでは、「金銭の多額が投機を象徴し、小額が生業を象徴する」のだ。

 大不況に直面して投機すら出来なくなった「生業から疎外された人々」を、J.M.ケインズは、金利生活者と呼んで、批判の対象にした。これは、「お金を溜め込む人々」という意味である。「消費せず、投資もしないで蓄積し、仕舞っておく」といってもよい。
経済学には、古くから「拝金主義」「重金主義」さらには「貨幣蓄蔵」という表現もある。
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