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私の教育人生41(本物と映像)−4「文化資本の象徴化と貨幣資本」池上惇
━━━━第41部━本物と映像━━━━━━━
4「文化資本の象徴化と貨幣資本」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

福原義春先生が編集された『文化資本の経営』(ダイタモンド社、1999年)は、文化資源を、資本、労働、土地と並ぶ第4番目の資源として位置づけている。

そして、この書では、文化資本には、職人技のように‘人に体化されたもの’と、地域や有形のものと一体になった「場の文化資本=景観や文化財、文化的な社屋、都市空間など」がある、と、考えられていた。
ここまでは、ラスキンらの文化資本論と同様である。
ところが、この書は、さらに進んで、「象徴資本」としての文化資本を取り上げている。

具体的には、ブランド化された社名や商品名。たとえば、「○○堂」という漢字の表現字体が、ひとつの文化資本である。これは、「ビジネス、生業としての○○堂の生産、流通、販売などに関わる、‘人や場に体化された文化資本’」とは違う、独自の文化資本である。

この象徴型文化資本は、○○堂という「ほんもの」の地域固有の文化資本(銀座の○○堂)の反映であり、生業のシンボルとしての表現である。しかし、反映といっても、単なる模倣の意味ではない。それは、広告やメディアで、芸術的な表現と一体となって、現場の○○堂を見ただけでは認識できない、○○堂の歴史や企業発生の過程、創業者の人物像、フランスの芸術化との文化交流、など、多様なイメージを3文字の漢字に凝縮して示すことができる。

このような「象徴化」が進むと、「○○堂」という「象徴化された文字」を媒介として、○○堂を文化資本としてではなくて、貨幣資本として評価する手がかりが生まれてくる。 

それは、○○堂の株価という新聞紙面の表示をみれば、一株の価格が表示されている。この価格は、文化資本の象徴ではない。それは、貨幣資本としての○○堂の象徴である。 

それは、株式投資家にとっては、株を購入して、配当や株価の値上がりが所得をもたらし、金銭的価値が増加するかどうかを示唆する。
ここで、財やサービスの市場での金銭表示、あるいは、価格という「貨幣額」の持つ意味を改めて考えてみよう。これらの価格は「株価」と同様に、財を生産した企業や個人の貨幣資本に対する評価である。これらの価格は、その企業などの「ほんもの」が生み出す創造性などを表示しない。「ほんもの」がつくりだす財の文化的価値が高くても、それを公正に評価せず、金儲けを考えて、不当に安く買い叩くことができる。

文化資本の担い手が職人技につよくても、販売や流通の専門家でなければ、彼らの生産物を商人や仲介業者が買い叩くのは、容易である。そうなれば、企業が、文化資本として価値の高い人やものを活かして、創造的な財を生み出したとしても、その生業を、貨幣資本の価値としては、低く評価し、金銭的価値を増加させる手段とすることができる。

これは、アンフェアなトレードである。 明日は、この点を深めてみよう。
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