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池上惇(京都大学名誉教授/文化政策まちづくり大学院大学設立準備室室長)によるコラムです。
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今日の話題  2010年2月26日
池上 惇

━━第36部━日本型経営とは━━━━━━
私の教育人生 6 新しい公共とメディア
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


昨日、京都市内の大学人、友人の訪問をいただいた。
遅い昼食をいただきながらの討論。多くのご教示をいただいた。
私は、いままで、「固有価値概念」を再提起したという点で、それなり
には自負を持っていたのだが、友人の提起は、
「固有価値を、価値や使用価値を規定する第三の価値として明確に
位置づけ、3次元の価値論として、積極的に、労働と固有価値の関係を
展開すべきだ」
という点である。ありがたいご指摘であった。
労働と固有価値の関係性についてのコメントは、私が、自分の中で、
模索していた部分を明解にしようという意欲を生み出した。

現在、多くの地域で、「固有価値」は忘れられている。
例えば、過去の職人(芸術性を含む)労働の成果であり、自然の固有
性を活かした文化財や文化的伝統は、市民が機械文明に適応した生活
様式を選択すると、一時期、忘れられる。とくに、大量生産・大量消費
の生活様式と、「ブランド」戦略に弱いようだ。
しかし、現代の‘生きた職人労働(その多くは、創造的な性質を持った
アイディアと結合された労働)’を体験した人々が、過去の人類の残した
‘隠された文化資源’を探求し、発見する‘営み’の中で、隠れていた
「固有価値」が、発見される。そして、固有の自然を活かした人間の
創造的成果として、位置づけられ、文化財や文化的伝統を担う財として
再生される。
再生された文化財は、現代人の生活の中で、居住性や公共性を担って、
創造的に再構成しされる。日本人はとくに、その傾向が強い、との、
友人の示唆であった。
再生された財は、現代人の生活の中で、素材やデザイン、制作の道具
や工具などの発展や、情報技術、化学技術などの成果を応用した精密
な機器等を用いて、現代人の生活の中に、再導入される。

私は、若い頃、保育職人労働の現代的再生に関わっていた。
かつては、家族内で、あるいは救貧施設で、人間的愛情の下で、創造的
に発達してきた職人保育労働は、機械制大工業のもとでは、児童労働
を供給する貧困化した状況下に置かれる(子守という呼び名に象徴さ
れていた)。
これを、地域に保育所をつくり、専門職者を育てながら、協同保育と
して再生し、次第に、法人格を取らせ、公有化して、保育職人労働の
質を高め、待遇を改善させる。私は、これを、現代の産業実験として
位置づけていた。

友人は、いま、「ネクタイ」再生に取り組んでおられる。
ネクタイ製造の職人労働の再生の課題は、まさに、現代的な産業実験
であろう。かつては、西陣織の現場の中から和装の清掃技術を基礎に、
洋装に適応した新たな職人労働を生みだし、これを、世界水準にまで、
高めた。
しかし、日本の工芸産業の伝統の下で製造されていたから、いわゆる
「ブランド化」をすることは出来なかった。
そのわけは、日本の地場産業は、職人層の地域的集積を特徴とし、職人
のヨコのつながりを重視し、地域として、職人技を継承する伝統が
あったからである。
いわば、地域コミュニティの機能として、職人技が共有され、継承され、
発展する構造である。これは、質がいかに高くても、いかに、
独創的、創造的であっても、決して、個人の独占物にはしない。
職人のモラルである。
これは、日本の伝統的な問屋制度とも関係があり、問屋が原材料供給
やデザインの面で、職人の面倒を見る。
そのかわりに、職人のつくる良品を販売させてもらう、という、一種の
相互信頼関係があった。
この相互支援の商習慣は、いまでも、多くの地域で残されている。
本来、「和モノ」での習慣あるが、今では、土木工事に伴う標識の生産
など、手づくりを本質とする領域でも、この習慣が継承されている。
これは、小林俊和さんから教わった。
ただ、ネクタイのように、大量生産が可能で、一部に「ブランド」が
国際的な「仮想職人技=実際は機械織だが、職人技に見せかけたもの」
を生み出した領域では、全く、通用しない習慣であった。

日本の消費者が、欧米のブランドを軸とした、国際的マーケットに
支配されたのは、ある意味では、当然である。
さきに、「人間的愛情の下で、創造的に発達してきた職人保育労働は、
機械制大工業のもとでは、児童労働を供給する貧困化した状況下に置
かれ」るといったが、ネクタイの領域でも、創造的な職人労働は、タク
シー運転手などのサービス業のための予備軍に編入され、ネクタイを
通じて、人々の生き甲斐や生活の質を高めるかわりに、時間に追われ
て、仕事をするためや、病院に通う高齢者を運送するための労働に転換
される。
日本ネクタイ産業再生の実験は、これらの離散した職人を呼び集め、
かれらに、現代の和魂洋才の洋式に適応した品質とデザインを再創造
しうる力量を目指して、相互学習や教育の機会を保障し、ネットなど
を活用した「消費者コミュニティ」との直接取引きを組織する必要が
ある。無店舗経営である。
この方式は、日本で矢崎勝彦氏が開発されたもので、神戸に本社のある
フェリシモの独壇場である。
今後、多くの領域で議論されるだろう。その核心は、ネットで、生産者
と消費者を結合するさい、コーディネイトする人間を適切に位置づける
ことである。
単なる通販事業ではなくて、カタログをつくるにも、著作物として、
店頭で販売できるような、公共性のある、また、創造性のあるデザイン
などに配慮したメディアづくりである。
編集者としての、コーディネイター。
ネクタイの場合も、友人が、このような役割をはたされることが必要
ではないかと思った。
私も、矢崎先生からから学び、大学院大学をつくるときには、通信制
で、全国の教員集団と、全国の社会人学生を、それぞれコミュニティ
に組織し、両者を繋ぐ、メディアとして、ブログ、学会誌、実地見学
の機会、地元学研究ネットワークなどを位置づけている。教員集団が
もつ職人教育研究労働と、社会人学生の持つ、流行に左右されない、
足が地元についた‘個性的な学習’姿勢とを、絶えず、創造活動を
意識した対話の場としてのメディアと結合する。
このメディアを編集する場は、大学院大学の学舎です。
ここにくれば、各地から多くの手書きの論文が送られてくる。
多様な経験知が凝縮されて、訪問者は、自分がどこにゆけば、何が
学べるかを知ることが出来る。
私が一番重視しているのは、各地の教員や卒業生が塾を起して、各地の
地元学研究者の卵たちが自由に学ぶ「居場所」をつくることである。
優れたメディアと、居場所が、各地の産業実験を生みだし、各地の
再生に貢献してくれるであろうから。
友人に感謝。
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