2010.01.29 Friday
池上惇 │ 私の教育人生 第35部 3 「庭造りの経営哲学」(1/29/'10)
今日の話題 2010年1月29日
池上 惇
━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 3 庭造りの経営哲学
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
新年冒頭の話題を、庭師にお送りしましたところ、丁重な注釈をお返し
いただきました。
ご仲介をいただきました「まほうや」松本洋子代表取締役にも厚く御礼
を申し上げます。
以下はコメントに従って改訂したヒアリング全文である。
赤松の再生を織り込んだ作庭の創造ストックなど、現代の経営を根底
から見直す素晴らしい内容であった。
固有の自然再生と、それを応援する人間再生との出会いが、この創造
ストックや場(庭)を軸に展開する。文化資本論に新たなページを開
いた卓見である。
『いま、私は創造型経営についてのヒアリングに熱中しているので、
お願いしたところ、年末ならば、ということで実現した。
寺内の雲居庵で、お抹茶と銘菓を頂戴し、御霊屋から時雨亭をめぐり
ながらのお話である。
「まず、雲居庵で。
庭師「私は、このお庭に広がる空間を、ただただ自然としてではなく
て、人間の生活空間が自然の持つ潜在力を活かし、そのことによって、
人間にとっての環境や‘自然との繋がり’が人々にとって歓びとなる
ように心がけています。
これは、先人たちが自然界と向き合って抱いてきた自然観であり、自然
の営み、人々の‘営み’の真の姿を発見して、それぞれの‘営み’が永続
的な発展を実現できるように応援して行くことです。京都では、ひとり
ひとりが自分の家の前の道路を清掃し、花や緑を飾る。それによって、
自分の心を伝え、町全体をきれいにする。このようなひとり一人の‘営み’
を持続するには、ひとりひとりの自然に対する敬意、隣人に対する敬意、
近隣のために、道を清潔にすることの歓びを共通の認識に高める必要
があります。私たちは、庭造りを通じて、このような人々の気持ちが
自然に形成されるよう、また、そのような‘場’の雰囲気を創り出す
よう努力しております。」
池上「それは、先生が、自然、例えば、木々が人間と同様に、呼吸し、
栄養を吸収し、恰も神経を持つかのように、踏みつけられると痛がっ
たり、泣いたりすると受け止めておられること、つまり、木々の‘営み’
を、常々我が身の事として実感しておられるということでしょうか」
庭師「その通りです。樹木には、人間と同じように、悲しみや歓びを
感じ、表現する力があります。それらを樹木の表情から読み取って、
悲しみの原因を出来る限り、小さくし、歓びを最大にする。これが、
われわれ、庭造りの極意だと考えています。先人たちが営々と受け継い
できた精神及び心、高度な技術を持って、作庭し、その成長によって
景観として芸術文化的表現を追求するのも我々の仕事なのです。」
池上「しかし、実際の世間では、そのような思想は受容されないこと
が多いのではありませんか」
庭師「そのとおりです。例えば、自然の真の姿を再生するには、石、樹木
と流れ、苔や池等、人が水と触れ合う空間なども配慮が必要です。
これらと人間の接点や‘ふれあい’を大事にして互いに相手のよさを
認め合い、尊重しあう姿勢が必要であり、それによって、よりよい生活
景観が作られます。しかし、学校の先生の中には、‘水に子供を触れさ
せる’と聞いただけで、不衛生だとか、万一病原菌があったときには
誰が責任を取るのか、などという人もいます。出来合いの常識にこだ
わって、子供達の人間としての真の姿が見えなくなっているのです。
‘論語読みの論語知らず’になってしまうのでしょうね。
私は、子供を水に触れさせないことのほうが、どれほどか、危険では
ないか、と思うのです。水のよさを理解できない子供は、自然への敬意
も持ちにくいでしょうし、水のない状況で苦しむ樹木の表情など、理解
できないのではないですか。このような子供を育てたならば、平気で、
自然環境を破壊したり、汚染したりする商売人、経営者、政治家や公務
員をつくることになります。」
池上「そうしますと、このお庭を楽しまれる観光客や地元の人々も、この
途を歩きながら、木や苔の‘歓び’‘悲しみ’の姿を見て、自然への敬意
を持ち、あるいは、苦しむ木々の悩みを解決しようとする気持ちを持つ
ようになるわけですね。このような気持ちを人々が自然に、内発的に、
持つようになり、そのなかで、美しい景観、自然の歓びを受容すること
になるのでしょうか。」
庭師「そうあって欲しいのですが、実際に、目の前を歩いておられる
方々の目線を見てください。みんな、足下をみながら、普段の道路を
歩いているのと同じように歩いておられるようです。庭園内では、安全
性が確保されていますので、日頃の生活空間を離れて、満喫するため
にも、天を仰ぎ見ていただきたいのです。
そこでは、晴れた青空に映える木々の緑と、木漏れ日が素晴らしい景観
や美しい太陽の姿を凝縮しています。感動できる情景を見ないで、ゆき
過ぎて行かれるのは残念です。
でも、庭の鑑賞の仕方などを、料理のレシピのように提供するようで
は、人々の成長を停止させます。自然に大事なこと、景観の持つ美しさ
だけでなくて、自然と人々の共生がもたらす気高い価値について、本人
自身が気付けるようにすることも、私たちの仕事なのです。
おそらくは、いま、足下ばかりを見て通り過ぎてゆかれる方々が、何度
か、ここにこられて、体がここの空気を感じて、慣れてくれば、天を仰ぎ
見ていただけるでしょう。
では、すこし、外をあるきませんか。」
池上「ありがとうございます。雲居庵から時雨亭に至る道は、まだ、人手
がはいっていない、荒れた空間がありますね。」
庭師「ええ、ここ荒れた空間と、つくられた空間とが境を接しています
ので、作庭の意味が一層良くお分かりいただけます。放置されてきた
自然では、先人たちが営々と育ててきた、景観のための赤松が消えて、
シイの大木が日光をさえぎり、本来、のびてもらいたい樹木は伸びる
ことが出ない。潅木の茂みができて雑然としていて、先人たちが作り
あげてきた景観のよさがありません。1つの原因として、燃料革命に
よって下草刈をしなくなり、山の景観を放置したためです。
造園は、大木を間引きし、日当たりを良くし、赤松の発芽を促し、周囲
と唱和しながら、10年単位の長いスパンでゆっくりと育てるのです。
散策路は、土止めに、付近の太い竹をあてると大変良い。一種の地産地
消でしょうか。」
池上「赤松にこだわっておられるように拝察しましたが、それが自然
の潜在力のシンボルだからですか。」
庭師「その通りですね。同時に、赤松が過去の人々の生活に果たした
重要な役割を再発見し、それを、この空間で実現したいという夢もあり
ます。和歌山城の調査に行ったとき、お城の石垣の下には赤松が樹皮
ごと組み合わされていて、空気に触れずに水の中で存在している間は
腐らない。永続的な石垣等の基礎が出来ます。日本人は古くからこの
ことを知っていたようですね。このお寺の池の周辺も、赤松の木組み
で囲んであります。水につかっている限り、腐っていませんね。すごい
機能です。この自然の潜在力を活かして、池という空間を保全し、建築
物の立替にも、活用したい。これは、永続型造園の哲学です。」
池上「このような技術や知識を次世代に伝えるための、努力も大変な
ものでしょうね。」
庭師「確かに。技術を伝えることも必要ですが、より大事なことは、
みんなで、智恵をしぼること、そして、工夫しながら仕事を共にし、
歓びや悲しみを共にすること、不況になっても、共に苦労し、解雇し
ないことです。たとえ、報酬が減少したとしても、智恵を出し合って、
苦楽を共にしてきた仲間なのだから、皆で、‘乏しき’を分かち合い、
万一、賃金の水準が落ちても、家族のように人を大切にすることです。
経営人は上からものを言うのではなくて、互いに苦しみや歓びの分かり
合える仲間として付き合うことが大事だと思います。世間では、派遣切り
などの大問題が起こっていますが、日本の伝統的経営では、不況になっ
ても、顧客の恩に応え、自然の恩に報いる姿勢で乗り切ってきました。
自然の痛みを知り、人の痛みを知る経営によって、先人が創り上げて
きた、よき経営の習慣や伝統を知り、それらを今に活かして顧客の要望
に応えること、これこそが、創造的なアイディアの源泉です。
顧客の要望は厳しいことが多いのですが、それに敢えて挑戦し、智恵を
出し合うこと。そのために、普段から本音のところで、信頼関係を構築
することこそ重要ですね。」
池上「これからの世界に生きる経営哲学ですね。共感いたしました。
また、先生が、塾生を教えるなどの機会がありましたら学習させていた
だきたく存じます。今日は、貴重なご教示をいただきました。
深く感謝いたしております。」
合掌
北山安夫 (直筆)』
池上 惇
━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 3 庭造りの経営哲学
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
新年冒頭の話題を、庭師にお送りしましたところ、丁重な注釈をお返し
いただきました。
ご仲介をいただきました「まほうや」松本洋子代表取締役にも厚く御礼
を申し上げます。
以下はコメントに従って改訂したヒアリング全文である。
赤松の再生を織り込んだ作庭の創造ストックなど、現代の経営を根底
から見直す素晴らしい内容であった。
固有の自然再生と、それを応援する人間再生との出会いが、この創造
ストックや場(庭)を軸に展開する。文化資本論に新たなページを開
いた卓見である。
『いま、私は創造型経営についてのヒアリングに熱中しているので、
お願いしたところ、年末ならば、ということで実現した。
寺内の雲居庵で、お抹茶と銘菓を頂戴し、御霊屋から時雨亭をめぐり
ながらのお話である。
「まず、雲居庵で。
庭師「私は、このお庭に広がる空間を、ただただ自然としてではなく
て、人間の生活空間が自然の持つ潜在力を活かし、そのことによって、
人間にとっての環境や‘自然との繋がり’が人々にとって歓びとなる
ように心がけています。
これは、先人たちが自然界と向き合って抱いてきた自然観であり、自然
の営み、人々の‘営み’の真の姿を発見して、それぞれの‘営み’が永続
的な発展を実現できるように応援して行くことです。京都では、ひとり
ひとりが自分の家の前の道路を清掃し、花や緑を飾る。それによって、
自分の心を伝え、町全体をきれいにする。このようなひとり一人の‘営み’
を持続するには、ひとりひとりの自然に対する敬意、隣人に対する敬意、
近隣のために、道を清潔にすることの歓びを共通の認識に高める必要
があります。私たちは、庭造りを通じて、このような人々の気持ちが
自然に形成されるよう、また、そのような‘場’の雰囲気を創り出す
よう努力しております。」
池上「それは、先生が、自然、例えば、木々が人間と同様に、呼吸し、
栄養を吸収し、恰も神経を持つかのように、踏みつけられると痛がっ
たり、泣いたりすると受け止めておられること、つまり、木々の‘営み’
を、常々我が身の事として実感しておられるということでしょうか」
庭師「その通りです。樹木には、人間と同じように、悲しみや歓びを
感じ、表現する力があります。それらを樹木の表情から読み取って、
悲しみの原因を出来る限り、小さくし、歓びを最大にする。これが、
われわれ、庭造りの極意だと考えています。先人たちが営々と受け継い
できた精神及び心、高度な技術を持って、作庭し、その成長によって
景観として芸術文化的表現を追求するのも我々の仕事なのです。」
池上「しかし、実際の世間では、そのような思想は受容されないこと
が多いのではありませんか」
庭師「そのとおりです。例えば、自然の真の姿を再生するには、石、樹木
と流れ、苔や池等、人が水と触れ合う空間なども配慮が必要です。
これらと人間の接点や‘ふれあい’を大事にして互いに相手のよさを
認め合い、尊重しあう姿勢が必要であり、それによって、よりよい生活
景観が作られます。しかし、学校の先生の中には、‘水に子供を触れさ
せる’と聞いただけで、不衛生だとか、万一病原菌があったときには
誰が責任を取るのか、などという人もいます。出来合いの常識にこだ
わって、子供達の人間としての真の姿が見えなくなっているのです。
‘論語読みの論語知らず’になってしまうのでしょうね。
私は、子供を水に触れさせないことのほうが、どれほどか、危険では
ないか、と思うのです。水のよさを理解できない子供は、自然への敬意
も持ちにくいでしょうし、水のない状況で苦しむ樹木の表情など、理解
できないのではないですか。このような子供を育てたならば、平気で、
自然環境を破壊したり、汚染したりする商売人、経営者、政治家や公務
員をつくることになります。」
池上「そうしますと、このお庭を楽しまれる観光客や地元の人々も、この
途を歩きながら、木や苔の‘歓び’‘悲しみ’の姿を見て、自然への敬意
を持ち、あるいは、苦しむ木々の悩みを解決しようとする気持ちを持つ
ようになるわけですね。このような気持ちを人々が自然に、内発的に、
持つようになり、そのなかで、美しい景観、自然の歓びを受容すること
になるのでしょうか。」
庭師「そうあって欲しいのですが、実際に、目の前を歩いておられる
方々の目線を見てください。みんな、足下をみながら、普段の道路を
歩いているのと同じように歩いておられるようです。庭園内では、安全
性が確保されていますので、日頃の生活空間を離れて、満喫するため
にも、天を仰ぎ見ていただきたいのです。
そこでは、晴れた青空に映える木々の緑と、木漏れ日が素晴らしい景観
や美しい太陽の姿を凝縮しています。感動できる情景を見ないで、ゆき
過ぎて行かれるのは残念です。
でも、庭の鑑賞の仕方などを、料理のレシピのように提供するようで
は、人々の成長を停止させます。自然に大事なこと、景観の持つ美しさ
だけでなくて、自然と人々の共生がもたらす気高い価値について、本人
自身が気付けるようにすることも、私たちの仕事なのです。
おそらくは、いま、足下ばかりを見て通り過ぎてゆかれる方々が、何度
か、ここにこられて、体がここの空気を感じて、慣れてくれば、天を仰ぎ
見ていただけるでしょう。
では、すこし、外をあるきませんか。」
池上「ありがとうございます。雲居庵から時雨亭に至る道は、まだ、人手
がはいっていない、荒れた空間がありますね。」
庭師「ええ、ここ荒れた空間と、つくられた空間とが境を接しています
ので、作庭の意味が一層良くお分かりいただけます。放置されてきた
自然では、先人たちが営々と育ててきた、景観のための赤松が消えて、
シイの大木が日光をさえぎり、本来、のびてもらいたい樹木は伸びる
ことが出ない。潅木の茂みができて雑然としていて、先人たちが作り
あげてきた景観のよさがありません。1つの原因として、燃料革命に
よって下草刈をしなくなり、山の景観を放置したためです。
造園は、大木を間引きし、日当たりを良くし、赤松の発芽を促し、周囲
と唱和しながら、10年単位の長いスパンでゆっくりと育てるのです。
散策路は、土止めに、付近の太い竹をあてると大変良い。一種の地産地
消でしょうか。」
池上「赤松にこだわっておられるように拝察しましたが、それが自然
の潜在力のシンボルだからですか。」
庭師「その通りですね。同時に、赤松が過去の人々の生活に果たした
重要な役割を再発見し、それを、この空間で実現したいという夢もあり
ます。和歌山城の調査に行ったとき、お城の石垣の下には赤松が樹皮
ごと組み合わされていて、空気に触れずに水の中で存在している間は
腐らない。永続的な石垣等の基礎が出来ます。日本人は古くからこの
ことを知っていたようですね。このお寺の池の周辺も、赤松の木組み
で囲んであります。水につかっている限り、腐っていませんね。すごい
機能です。この自然の潜在力を活かして、池という空間を保全し、建築
物の立替にも、活用したい。これは、永続型造園の哲学です。」
池上「このような技術や知識を次世代に伝えるための、努力も大変な
ものでしょうね。」
庭師「確かに。技術を伝えることも必要ですが、より大事なことは、
みんなで、智恵をしぼること、そして、工夫しながら仕事を共にし、
歓びや悲しみを共にすること、不況になっても、共に苦労し、解雇し
ないことです。たとえ、報酬が減少したとしても、智恵を出し合って、
苦楽を共にしてきた仲間なのだから、皆で、‘乏しき’を分かち合い、
万一、賃金の水準が落ちても、家族のように人を大切にすることです。
経営人は上からものを言うのではなくて、互いに苦しみや歓びの分かり
合える仲間として付き合うことが大事だと思います。世間では、派遣切り
などの大問題が起こっていますが、日本の伝統的経営では、不況になっ
ても、顧客の恩に応え、自然の恩に報いる姿勢で乗り切ってきました。
自然の痛みを知り、人の痛みを知る経営によって、先人が創り上げて
きた、よき経営の習慣や伝統を知り、それらを今に活かして顧客の要望
に応えること、これこそが、創造的なアイディアの源泉です。
顧客の要望は厳しいことが多いのですが、それに敢えて挑戦し、智恵を
出し合うこと。そのために、普段から本音のところで、信頼関係を構築
することこそ重要ですね。」
池上「これからの世界に生きる経営哲学ですね。共感いたしました。
また、先生が、塾生を教えるなどの機会がありましたら学習させていた
だきたく存じます。今日は、貴重なご教示をいただきました。
深く感謝いたしております。」
合掌
北山安夫 (直筆)』






