2010.01.23 Saturday
池上惇 │ 私の教育人生 第35部 1 「ラスキン思想の面白さ」(1/23/'10)
今日の話題 2010年1月23日
池上 惇
━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 1 ラスキン思想の面白さ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
市民経済学の総合的な研究を心がけているうちに、いつのまにか、話が、
「創造的ストック」の話に傾斜してしまった。
本当は、市民経済学の体系、などの、おおそれた「構想」を語るはず
であったが、それよりも、考えているうちに、「人間の生命と生活の
再生産」という、私にとっての古典的な研究テーマに徐々に引き戻さ
れていった。
というのは、私は、若い頃から、物質の再生産にばかり研究を集中
する現代経済学に反発していたからである。
私たちの青年期の現代経済学は、言うまでもなく、近代経済学、新古典
は総合と呼ばれたものと、マルクス経済学、とくに、講座派と労農派
と呼ばれた日本経済学であった。
近代経済学は、日本経済の現実については、当時、ほとんど影響力が
なかった。
まだ、現実を切り分けるほどには理論が成熟していなかったためで
あろう。
それに対して、マルクス経済学のほうは、山田盛太郎先生の『日本資本
主義分析』をはじめ、日本の現実に、マルクスの再生産表式を適用した。
そして、戦前の日本の経済構造が、「なぜ、外国から技術や原材料を
輸入し、加工して輸出する貿易に傾斜しているのか」を示した。
この結果、日本経済は、国内市場に投資が向かない。したがって、農業
の比重が高く、労働者は農村からの出稼ぎである。賃金は安いし、失業
すれば農民に戻ってゆく。
日本の国内は低賃金と失業、農村の疲弊が進み、貿易事業を窓口に
して、輸出産業が繁盛する。輸出が行き詰まれば、戦争に訴えてでも、
販路を開こうとする。
この二極化傾向を鋭く指摘したものだから、経済学研究者や学生の間
で、講座派の人気は絶大であった。マルクスの再生表式は、ケインズ
の国民所得分析や、レオンチェフの産業連関論の基礎となったもので、
年間の財の生産を生産手段と消費手段とに分割し、両者の市場取引の
関係を示した。
これを、戦前の日本の産業構造に適用してみると、生産手段が財閥企
業集団に支配され、消費手段は中小零細企業と、農山漁村の経済に
依存していた。
再生産表式は、日本経済の格差構造を理解する上で、決定的な影響を
及ぼしたのである。
私が、このような結論に反発を覚えたのは、この結論が、日本経済の
危機や崩壊の根拠、あるいは、体制崩壊の根拠とされ、社会体制が
変革される基礎として短絡的に説明されていたからである。
たしかに、戦前の日本経済は、講座派の言うとおり、最後には、海外進出
に打って出て崩壊した。これは確かである。
しかし、崩壊の現実には、物質経済の現実だけではなくて、人間経済
が関わっているはずだ。
戦時中、飢えによる栄養不足のために健康を害した人は多い。
大学教育さえ、放棄させて戦争に連れて行ったのだから、セン沿い
能力を奪われた人々も多い。
これらの「痛み」をコスト、犠牲として評価しなければならない。
戦後の復興は産業復興だけでなくて、失われた人的能力の復興が必要
である。
健康や学習の維持を自分の意思で行えなかった現実を反省し、自らの
意思で、健康を守り、学習を行う人間の再生である。
これにどれだけの時間をかけ、空間を確保し、資金をかけるのか。
これらの資源の投入によって、人間としての人生の選択の幅を広げる
のか。
これこそ、人間経済の課題ではないのか。
経済学は、人間経済における犠牲や人的能力を研究対象とせずに、財や
経済資本ばかりを問題にしていて良いのであろうか。
モノや財の動きと、人間の生命や生活の‘営み’とは、密接な関係が
あるはずだ。
人間の生命や生活の再生産を取り扱う経済学はないのか。
この模索の中で、見つけたのは、A.スミスの国富論における「ストッ
ク」つまり固定資本のなかに、設備などと並んで、人間に体化された
知識や経験などを位置づけていたこと、K.マルクスが労働日の研究
の中で、労働時間と生活時間の区別を明確にし、後者を人間の人格的
成長や人権の基礎と考えていたこと、さらには、J.ラスキンが人間
の生命と生活自体を「富=wealth」と考えていたことである。
日本で、このことに気がついていた経済学者は、河上肇、賀川豊彦、
御木本隆三、大熊信行らであった。また、このような経済学者たちの
動きを克明に追って研究しておられたのは、故杉原四郎先生であった。
私のアイディアは、「人間発達の経済学」というかたちで、当時の若手
研究者と共に、公表されていったが、このようなアイディアを評価し
てくれる経済学者は皆無で、最初は、杉原先生ただ一人である。
1990年代になると、最大の理解者は、故都留重人先生となった。
先生は、わざわざ、逗子でシンポジアムを開いてくださって、私に
発表の場を与えてくださった。
人間の生命と生活の再生産というとき、最も、興味深く、面白く感じ
たのは、ラスキンのアイディアである。彼は、人間というものを伝統
や習慣の塊として把握し、これを個別の人的能力を支える「文化資本」
として、評価していたことである。
同時に、この伝統の中の創造性が芸術や学術を通じて現代的に再生さ
れたとき、人間の生命や生活の再生産が実現すると考えていた。
これは、人間の肉体だけでなくて、肉体を担い手とした人格や精神の
再生というべきであろうか。
「創造」というと、非日常的で、突飛なことのように思いがちだ。
伝統や習慣の対極にあると考えるのが普通であろう。
しかし、ラスキンは、逆に、人間の日常の‘営み’が「価値のある
もの」を創造し、それらを共有して、人から人へと伝えてゆく、と考える。
その「価値のあるもの」を後世の‘目利き’が発見し、現代生活に
再生する。
いわば、人類は{創造の種子}を絶えず学習などによって人から人へ
と受け渡し「再生」してゆくのである。同時に、この「受けわけ渡し」
は、荒野のような非文化的環境で行われるのではない。
受け渡すには、渡される側の「享受能力」を育てる場や時間が必要で
あるし、創造と享受の関係に相応しい人間的な雰囲気やモラルが必要
である。
それは、互いの人格や創造性を尊重しあい、知的な資産として、大切に
し、感謝しながら、知識として共有し、ともに、活かすことである。
「創造された貴重な創造的成果、文化財、それらを維持し保存する
人間的な環境」、これをラスキンは一種のストックと看做していた。
現代では、ドメインと呼ばれる創造環境をストックとして位置づける
思想。
これは、都留先生も、環境経済学を研究される中で、到達された結論
のように思う。
この創造的な種子を現代に蘇らせたい。
池上 惇
━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 1 ラスキン思想の面白さ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
市民経済学の総合的な研究を心がけているうちに、いつのまにか、話が、
「創造的ストック」の話に傾斜してしまった。
本当は、市民経済学の体系、などの、おおそれた「構想」を語るはず
であったが、それよりも、考えているうちに、「人間の生命と生活の
再生産」という、私にとっての古典的な研究テーマに徐々に引き戻さ
れていった。
というのは、私は、若い頃から、物質の再生産にばかり研究を集中
する現代経済学に反発していたからである。
私たちの青年期の現代経済学は、言うまでもなく、近代経済学、新古典
は総合と呼ばれたものと、マルクス経済学、とくに、講座派と労農派
と呼ばれた日本経済学であった。
近代経済学は、日本経済の現実については、当時、ほとんど影響力が
なかった。
まだ、現実を切り分けるほどには理論が成熟していなかったためで
あろう。
それに対して、マルクス経済学のほうは、山田盛太郎先生の『日本資本
主義分析』をはじめ、日本の現実に、マルクスの再生産表式を適用した。
そして、戦前の日本の経済構造が、「なぜ、外国から技術や原材料を
輸入し、加工して輸出する貿易に傾斜しているのか」を示した。
この結果、日本経済は、国内市場に投資が向かない。したがって、農業
の比重が高く、労働者は農村からの出稼ぎである。賃金は安いし、失業
すれば農民に戻ってゆく。
日本の国内は低賃金と失業、農村の疲弊が進み、貿易事業を窓口に
して、輸出産業が繁盛する。輸出が行き詰まれば、戦争に訴えてでも、
販路を開こうとする。
この二極化傾向を鋭く指摘したものだから、経済学研究者や学生の間
で、講座派の人気は絶大であった。マルクスの再生表式は、ケインズ
の国民所得分析や、レオンチェフの産業連関論の基礎となったもので、
年間の財の生産を生産手段と消費手段とに分割し、両者の市場取引の
関係を示した。
これを、戦前の日本の産業構造に適用してみると、生産手段が財閥企
業集団に支配され、消費手段は中小零細企業と、農山漁村の経済に
依存していた。
再生産表式は、日本経済の格差構造を理解する上で、決定的な影響を
及ぼしたのである。
私が、このような結論に反発を覚えたのは、この結論が、日本経済の
危機や崩壊の根拠、あるいは、体制崩壊の根拠とされ、社会体制が
変革される基礎として短絡的に説明されていたからである。
たしかに、戦前の日本経済は、講座派の言うとおり、最後には、海外進出
に打って出て崩壊した。これは確かである。
しかし、崩壊の現実には、物質経済の現実だけではなくて、人間経済
が関わっているはずだ。
戦時中、飢えによる栄養不足のために健康を害した人は多い。
大学教育さえ、放棄させて戦争に連れて行ったのだから、セン沿い
能力を奪われた人々も多い。
これらの「痛み」をコスト、犠牲として評価しなければならない。
戦後の復興は産業復興だけでなくて、失われた人的能力の復興が必要
である。
健康や学習の維持を自分の意思で行えなかった現実を反省し、自らの
意思で、健康を守り、学習を行う人間の再生である。
これにどれだけの時間をかけ、空間を確保し、資金をかけるのか。
これらの資源の投入によって、人間としての人生の選択の幅を広げる
のか。
これこそ、人間経済の課題ではないのか。
経済学は、人間経済における犠牲や人的能力を研究対象とせずに、財や
経済資本ばかりを問題にしていて良いのであろうか。
モノや財の動きと、人間の生命や生活の‘営み’とは、密接な関係が
あるはずだ。
人間の生命や生活の再生産を取り扱う経済学はないのか。
この模索の中で、見つけたのは、A.スミスの国富論における「ストッ
ク」つまり固定資本のなかに、設備などと並んで、人間に体化された
知識や経験などを位置づけていたこと、K.マルクスが労働日の研究
の中で、労働時間と生活時間の区別を明確にし、後者を人間の人格的
成長や人権の基礎と考えていたこと、さらには、J.ラスキンが人間
の生命と生活自体を「富=wealth」と考えていたことである。
日本で、このことに気がついていた経済学者は、河上肇、賀川豊彦、
御木本隆三、大熊信行らであった。また、このような経済学者たちの
動きを克明に追って研究しておられたのは、故杉原四郎先生であった。
私のアイディアは、「人間発達の経済学」というかたちで、当時の若手
研究者と共に、公表されていったが、このようなアイディアを評価し
てくれる経済学者は皆無で、最初は、杉原先生ただ一人である。
1990年代になると、最大の理解者は、故都留重人先生となった。
先生は、わざわざ、逗子でシンポジアムを開いてくださって、私に
発表の場を与えてくださった。
人間の生命と生活の再生産というとき、最も、興味深く、面白く感じ
たのは、ラスキンのアイディアである。彼は、人間というものを伝統
や習慣の塊として把握し、これを個別の人的能力を支える「文化資本」
として、評価していたことである。
同時に、この伝統の中の創造性が芸術や学術を通じて現代的に再生さ
れたとき、人間の生命や生活の再生産が実現すると考えていた。
これは、人間の肉体だけでなくて、肉体を担い手とした人格や精神の
再生というべきであろうか。
「創造」というと、非日常的で、突飛なことのように思いがちだ。
伝統や習慣の対極にあると考えるのが普通であろう。
しかし、ラスキンは、逆に、人間の日常の‘営み’が「価値のある
もの」を創造し、それらを共有して、人から人へと伝えてゆく、と考える。
その「価値のあるもの」を後世の‘目利き’が発見し、現代生活に
再生する。
いわば、人類は{創造の種子}を絶えず学習などによって人から人へ
と受け渡し「再生」してゆくのである。同時に、この「受けわけ渡し」
は、荒野のような非文化的環境で行われるのではない。
受け渡すには、渡される側の「享受能力」を育てる場や時間が必要で
あるし、創造と享受の関係に相応しい人間的な雰囲気やモラルが必要
である。
それは、互いの人格や創造性を尊重しあい、知的な資産として、大切に
し、感謝しながら、知識として共有し、ともに、活かすことである。
「創造された貴重な創造的成果、文化財、それらを維持し保存する
人間的な環境」、これをラスキンは一種のストックと看做していた。
現代では、ドメインと呼ばれる創造環境をストックとして位置づける
思想。
これは、都留先生も、環境経済学を研究される中で、到達された結論
のように思う。
この創造的な種子を現代に蘇らせたい。






