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池上惇 │ 私の教育人生 第34部 18 「市民活動と市民経済」(1/15/'10)
今日の話題  2010年1月15日
池上 惇

━━第34部━第三の道=市民経済学━━━━━━
私の教育人生 18 市民活動と市民経済
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


昨日、郵便受けに、厚手の雑誌が届けられた。
池田清先生からご寄贈いただいた雑誌『世界』であった。
先生の御高作「『創造的復興』から『人間復興へ』へ」が掲載されて
いた。
早速拝読した。この論文は、現場に即し、最先端の経済理論を踏まえ
た緻密な研究によって次のことを明らかにされている。

それは、「‘創造的復興’という表層の下で、現実には、‘住民の貧困
化と地域経済の衰退、深刻な財政危機’という『第三次災害』が拡大し
ていること」である。
そして、この厳しい3度目の津波=災害は、人間の命と暮らしを根底
から脅かしつつあるものを先取りして、われわれの前に提示して見せた。
すなわち、大災害は、いま、日本列島を覆いつつある失業、不安定雇用、
リストラ、ホームレス、神経障害、健康破壊、自殺、などを、いち早く
表面化させたのである。

池田教授は、神戸市開発行政研究の第一人者として、いち早く、大規模
都市再開発モデルとしての‘山を崩して海を埋める’開発方式を批判的
に研究された。
そして、人間の発達や住民福祉の充実への視点から神戸市の今後のあり
方を展望してこられた。
戦後の日本国家やそれと連携する自治体は、ややもすれば、戦後復興の
中で、日本市民が成果として蓄積してきた国民的資産を、国家的な資金
を動員に振り向けたがる。
神戸市なども、家計の充実と歩調をあわせて、公的セクターで事業を
経営し、高収入を確保して、それらの資金を大規模土木工事に投入し
がちである。
大規模な開発技術を活用して、国際的な規模での開発をすすめる。
しかし、経済格差という割れ目に、眼を向けないで、資金力、組織力、
技術力などを過信した開発は、この割れ目に足を取られて、大きな犠
牲を支払うことになる。
成長すればするほど、大きく落ち込んだのでは、「持ち上げられて叩き
つけられる」ようなものだ。
所得の水準は低下し、生き甲斐は失われる。
さらに、それは、しばしば、人間の自然への敬意を失わせ、人々の命と
暮らしの痛みを認識できない人間をつくり出す。
このような人間が推進する都市再開発計画は、表層の華やかさと、イン
ナー・シティに沈殿せざるをえない市民の暗さとの深刻な分裂を齎す。
大震災は、この‘暗い’神戸を一挙に表面化させた。家屋倒壊、圧死。
安全への公共投資を最優先せず、地域間格差を放置したツケが一挙に
市民を襲った。
避難所、仮設住宅の貧弱な装備、コミュニティからの高齢者の剥奪は
孤独死、病死、自殺を生む。
そして、池田教授がはじめて解明され理論化されたように、従来の‘暗
さ’を自乗するかのように、「第三次災害」が拡大してゆく。
ところが、復興に当たっては、またもや、さきの‘心の貧しさ’が露呈
する。
自然や人を恐れぬ大規模都市再開発の手法が生き残り、広い道路、高層
ビル、規格化された住宅など、が復興する。土建、建築の大手が市場を
拡大したものの、多くの住民は故郷を追われる結果となった。
一種の現代的な「囲い込み」が行われたのである。土地や住宅の所有や
占有から切り離された市民を、企業・産業の神戸外移転の大波が襲った。
失業状態の慢性化への道である。市民は、潜在能力を発揮して、自由に
生きる機会を失い、所得の水準が低下して(所得貧困)、人生の選択幅
は縮減される(能力貧困)。
「華やかさは一層、華やかに」「暗さは一層暗く広がる」なかで、反撃
が始まった。
市民活動という日本歴史を根底から書き換える‘市民の砦’が構築され
始めたのである。
この砦は、人は石垣、人は城、といわれたように、「人々のつながり」
という石垣や城を創った。
それらは、津波や大波に耐えて、人間復興を高らかに宣言し、崩壊しか
かったコミュニティを再生しようとする。
そして、多くのNPOの担い手が、地域に根ざした中小零細企業人、大学
人ネットワーク、教会や寺院などの宗教人などから輩出される。
貴重な人材を学生、女性、団塊世代、公務員、商人、事業者、公益団体、
協同組合など、多くの人々が支え、‘生活を守る協同のしくみ’が形成
され連携して行った。
この「しくみ」は、非常の多様な接続点をもったネットワークによって、
担い手の諸活動を支える。このネットは、神戸内外の多数
の地域から智恵や職人技、技術、技能、暗黙知、経験知などの文化資源
を結合し、担い手の必要に応じて、意思決定を支援し、実践を助ける。
池田教授は、このような「しくみ」の代表格として、「神戸市長田区の
たかとりコミュニティ・センター」を上げられた(82ページ)。
ここでの‘しくみ’は、翻訳・通訳登録者500人、専任8名、非常勤
7名によって構成される。
この‘しくみ’は、非営利の多言語翻訳による市民(多言語を活用する)
のための‘生活情報の供給と享受’のシステムであった。
翻訳・通訳者集団が絶えず生活情報を集めては、必要なところに、翻訳
して供給し、その情報によって、人々の暮らしを支える。
このような、非営利のボランティア活動の組織は、生活情報を集めて、
ニーズに応じて創造的に対応し、人々の暮らしを支える、独自の‘しくみ’
となる。
池田教授は、その土台の上で、放送ボランティア‘FMわいわい’が
放送技術や報道組織をもつ非営利組織として、多言語翻訳放送の機能を
はたし、同時に、スポンサーやコマーシャルなど、広告収入によって、
営利組織とのコラボレーションを行い、経済的基礎を強化して、組織の
永続的な発展を図ってゆける点に注目されている。
ここでは、あきらかに、「共通の‘しくみ’を基礎に、人々が個々の
組織(放送)によって、市民活動を行い、市民のニーズに応えた仕事を
起こして、市民経済(放送経済と広告経済)を構築する。
池田教授は、さらに、もう一つの事例として、NPO法人「多言語セン
ターFACIL」の事例を挙げられた。ここでは、登録通訳・翻訳者を
媒介者として、生活文化情報の円滑な交流、暮らしの質の向上、地域の
多言語環境づくり、相互に翻訳可能な体制づくりを通じて、新たな食文
化の「仕事おこし」(世界の食のデリバリー事業・食文化経済)、医療
通訳システム構築モデル事業(医療文化経済)などが、市民経済を創り
出している。
このような「しくみ」と、「市民活動が生み出す市民経済」こそ、人間
復興による都市経済の再生を象徴している。
この市民経済を‘コミュニティ・ビジネス’と呼んでも良い。
テレビ放送などでは、震災15年の番組で、NPOは頑張っているが、
寄附が集まらずに、行き詰まっている、といったようなコメントが付さ
れることもある。
しかし、大不況で、企業寄附がなくなったから、NPOが行き詰まるか
というと、そんなことは決してないのだ。
個人の寄附も重要である。これは、日本人の生活習慣の改革である。
寄附だけでなくて、協同の出資や持分(協同組合の出資金)の形成も
進む。
同時に、上に述べた「しくみ」があれば、非営利事業や広告事業、食文
化事業や、医療文化事業が永続的に発展できるのである。
このコミュニティ・ビジネスは、以前に、このブログで述べた、「通奏
低音」のような‘社会にとって必要なものを、資源を結合して創造的に
供給し続ける’「しくみ」があれば、間違いなく永続的に発展するので
ある。
このような「しくみ」は、これもこのブログでのべたように、小林俊和
先生の発見によれば、イギリスの都市再生論や文化環境保護活動では、
「ドメイン」と呼ばれていた。
それらは、各地の教会や慈善活動の伝統、地域に根ざした地場産業の
‘営み’や、地域への寄附財産、地方公営企業(小規模水力発電や上下
水道、電気・ガス供給事業、地方交通など)などが構築してきた「しく
み」なのである。
いわゆる文化資本も、このような‘しくみ’の重要な構成要素である。

日本社会でも、各地に、このような「しくみ」は数多く存在する。
神戸では、キリスト教会の伝統的活動が、特に目立つが、日本の農村
では、「結い」の伝統があり、お茶やお花から能や歌舞伎、さらには、
これらに衣装や陶磁器、など、貴重なものをもたらす無数の地場産業、
工芸の供給と享受の仕組みがある。
水や交通についても、多くの「しくみ」を持っている。

現代の資本主義は、残念ながら、これらのドメインを解体したり、破壊
したりしてきたが、大震災を契機にして、NPO活動が、これらの
「結い」を再生し始めた。
かつて、7−8世紀に行基や空海が主導した‘知識結い’は、いま、
新たな技術や活動経験の継承、蓄積された社会の記憶の基礎上で、確実
に再生されつつあるように見える。
大震災の尊い犠牲が、まさに、日本再生の切り札を蘇らせたのである。
そして、市民活動から市民経済への発展は、かつて、イギリスで、ブレア
が主導した第三の道を、この日本において実証して見せた。
日本経済学は、‘知識結い’を原点とし、市民の生きがいの実現を最高
のアメニティに、市民のふれあいやおもいやりをホスピタリティとして、
これらを生み出す新たな総合的活動を経済学の基礎とするであろう。
それは、「仕事をおこし、地域を創り、人を育て、文化を高める」‘営み’で
ある。
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