2010.01.05 Tuesday
池上惇 │ 私の教育人生 第34部 15 「自然と人の痛みが分る経営」(1/5/'10)
今日の話題 2010年1月5日
池上 惇
━━第34部━第三の道=市民経済学━━━━━━
私の教育人生 15 自然と人の痛みが分る経営
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
新春。今年もご健康にて共に生き抜きましょう。
さて、歳末に、現代を代表される庭師から職人技や造園事業の経営に
ついて、お話を伺う機会があった。
新たな年に相応しい話題である。
高台寺ご用達の宝飾店からのご紹介であった。
いま、私は、創造型経営についてのヒアリングに熱中しているので、
お願いしたところ、年末ならば、ということで実現した。
寺内の休息所で、お抹茶と銘菓を頂戴し、時雨亭から御霊屋をめぐり
ながらのお話である。
まず、休息所で。
庭師「私は、このお庭に広がる空間を、放置された自然としてでは
なくて、この地に固有の自然が持つ潜在力を活かし、そのことに
よって、人間にとっての景観や‘自然との繋がり’が人々にとって
歓びとなるように心がけています。
これは、人為的な操作や設計ではありません。自然の営み、人々の
‘営み’の真の姿を発見して、それぞれの‘営み’が永続的な発展
を実現できるように支援して行くことです。京都では、ひとりひとり
が自分の家の前の道路を清掃し、花や緑を飾る。それによって、自分の
心を伝え、町全体をきれいにする。このようなひとり一人の‘営み’を
持続するには、ひとりひとりの自然に対する敬意、隣人に対する
敬意、近隣のために、道を清潔にすることの歓びを共通の認識に
高める必要があります。私たちは、造園を通じて、このような人々
の気持ちが自然に形成されるよう、また、そのような‘場’の雰囲気
を創り出すよう努力しております。」
池上「それは、先生が、自然、例えば、木々が人間と同様に、呼吸し、
栄養を吸収し、恰も神経を持つかのように、踏みつけられると痛がっ
たり、泣いたりすると受け止めておられること、つまり、木々の
‘営み’を、常々、我が身の事として実感しておられると、いうこと
でしょうか」
庭師「その通りです。木には、人間と同じように、悲しみや歓びを
感じ、表現する力があります。それらを木の表情から読み取って、
悲しみの原因を出来る限り、小さくし、歓びを最大にする。これが、
われわれ、造園の職人、高度な技術を持って、固有の植生を発見し、
その成長によって景観という芸術文化的表現を追求する人間たちの
仕事なのです。」
池上「しかし、実際の世間では、そのような思想は受容されないこと
が多いのではありませんか」
庭師「そのとおりです。例えば、自然の真の姿を再生するには、景観、
木と水路、苔や池、人が水と触れ合う空間などへの配慮が必要で、
これらと人間の接点や‘ふれあい’を大事にして互いに相手のよさ
を認め合い、尊重しあう姿勢が必要です。しかし、学校の先生の中
には、‘水に子供を触れさせる’と聞いただけで、不衛生だとか、万一
病原菌があったときには誰が責任を取るのか、などという人もいます。
出来合いの常識にこだわって、子供の真の姿が見えなくなっている
のです。‘論語読みの論語知らず’になってしまうのでしょうね。
私は、子供を水に触れさせないことのほうが、どれほどか、危険では
ないか、と思うのです。水のよさを理解できない子供は、自然への
敬意も持ちにくいでしょうし、水のない状況で苦しむ木の表情など、
理解できないのではないですか。このような子供を育てたならば、
平気で、自然環境を破壊したり、汚染したりする商売人、経営者、
政治家や公務員をつくることになります。」
池上「そうしますと、このお庭を楽しまれる観光客や地元の人々も、
この途を歩きながら、木や苔の‘歓び’‘悲しみ’の姿を見て、自然へ
の敬意を持ち、あるいは、苦しむ木々の悩みを解決しようとする気持
ちを持つようになるわけですね。このような気持ちを人々が自然に、
内発的に、持つようになり、そのなかで、美しい景観、自然の歓びを
受容することになるのでしょうか。」
庭師「そうあって欲しいのですが、実際に、目の前を歩いておられる
方々の目線を見てください。みんな、足下をみながら、けつまずか
ないかどうかを心配して歩いておられるようです。庭師を信用して
くださって、安全な道だと信じ、天を仰ぎ見ていただきたい。
そこでは、晴れた青空に映える木々の緑と、木漏れ日が素晴らしい景観や
美しい太陽の姿を凝縮しています。感動できる情景を見ないで、ゆき
過ぎて行かれるのは残念です。
でも、庭の鑑賞の仕方などを、料理のレシピのように提供するよう
では、人々の成長を停止させます。自然に大事なこと、景観の持つ
美しさだけでなくて、自然と人々の共生がもたらす気高い価値につい
て、本人自身が気付かれるようにすることも、私たちの仕事なのです。
おそらくは、いま、足下ばかりを見て通り過ぎてゆかれる方々が、
次回、ここにこられて、足下が慣れてこられてならば、天を仰ぎ見て
いただけるでしょう。
では、すこし、外をあるきませんか。」
池上「ありがとうございます。休憩所から時雨亭に至る道は、まだ、
人手がはいっていない、荒れた空間がありますね。」
庭師「ええ、この荒れた空間と、造園された空間とが境を接してい
ますので、造園の意味が一層良くお分かりいただけます。放置された
自然では、この土地に固有の赤松が消えて、大木が日光をさえぎり、
本来は、のびるべき樹木は伸びることが出ない。潅木の茂みができて
雑然とし、景観のもつ固有のよさがありません。
造園は、大木を間引きし、日当たりを良くし、赤松の発芽を促し、
周囲と唱和しながら、10年くらいの長いスパンでゆっくりと育てる
のです。散策路は、土止めに、付近の太い竹をあてると大変良い。
一種の地産地消でしょうか。」
池上「赤松にこだわっておられるように拝察しましたが、それが自然
の潜在力のシンボルだからですか。」
庭師「その通りですね。同時に、赤松が文化財の保全に果たした重要
な役割を再発見し、それを、この空間で実現したいという夢もあり
ます。和歌山城の調査に行ったとき、お城の石垣の下には赤松が樹皮
ごと組み合わされていて、これが土で覆われると、腐らない。永続的
な築城が出来ます。日本人は古くからこのことを知っていたようです
ね。このお寺の池の周辺も、赤松の木組みで囲んであります。水に
つかっている限り、腐っていませんね。すごい機能です。この自然の
潜在力を活かして、池という空間を保全し、建築物の立替にも、活用
したい。これは、永続型造園の哲学です。」
池上「このような技術や知識を次世代に伝えるための、努力も大変な
ものでしょうね。」
庭師「確かに。技術を伝えることも必要ですが、より大事なことは、
みんなで、智恵を集めること、そして、工夫しながら仕事を共にし、
歓びや悲しみを共にすること、不況になっても、共に苦労し、解雇
しないことです。たとえ、報酬が減少したとしても、智恵を出し合っ
て、苦楽を共にしてきた仲間なのだから、皆で、‘乏しき’を分かち
合い、万一、賃金の水準が落ちても、家族のように人を大切にする
ことです。
経営人は上からものを言うのではなくて、互いに苦しみや歓びの分か
り合える仲間として付き合うべきです。世間では、派遣切り、などの
大問題が起こっていますが、日本の伝統的経営では、不況になって
も、顧客の恩に応え、自然の恩に報いる姿勢で乗り切ってきました。
自然の痛みを知り、人の痛みを知る経営によって、先人が創り上げて
きた、よき経営の習慣や伝統を知り、それらを今に活かして顧客の
要望に応えること、これこそが、創造的なアイディアの源泉です。
顧客の要望は厳しいことが多いのですが、それに敢えて挑戦し、智恵を
出し合うこと。そのために、普段から本音のところで、信頼関係を
構築することこそ重要ですね。」
池上「これからの世界に生きる経営哲学ですね。共感いたしました。
また、先生が、塾生を教えるなどの機会がありましたら学習させて
いただきたく存じます。今日は、貴重なご教示をいただきました。
深く感謝いたしております。」
交響楽の構成と市民経済学の構成と重ねて説明した箇所のご説明は次回に。
池上 惇
━━第34部━第三の道=市民経済学━━━━━━
私の教育人生 15 自然と人の痛みが分る経営
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
新春。今年もご健康にて共に生き抜きましょう。
さて、歳末に、現代を代表される庭師から職人技や造園事業の経営に
ついて、お話を伺う機会があった。
新たな年に相応しい話題である。
高台寺ご用達の宝飾店からのご紹介であった。
いま、私は、創造型経営についてのヒアリングに熱中しているので、
お願いしたところ、年末ならば、ということで実現した。
寺内の休息所で、お抹茶と銘菓を頂戴し、時雨亭から御霊屋をめぐり
ながらのお話である。
まず、休息所で。
庭師「私は、このお庭に広がる空間を、放置された自然としてでは
なくて、この地に固有の自然が持つ潜在力を活かし、そのことに
よって、人間にとっての景観や‘自然との繋がり’が人々にとって
歓びとなるように心がけています。
これは、人為的な操作や設計ではありません。自然の営み、人々の
‘営み’の真の姿を発見して、それぞれの‘営み’が永続的な発展
を実現できるように支援して行くことです。京都では、ひとりひとり
が自分の家の前の道路を清掃し、花や緑を飾る。それによって、自分の
心を伝え、町全体をきれいにする。このようなひとり一人の‘営み’を
持続するには、ひとりひとりの自然に対する敬意、隣人に対する
敬意、近隣のために、道を清潔にすることの歓びを共通の認識に
高める必要があります。私たちは、造園を通じて、このような人々
の気持ちが自然に形成されるよう、また、そのような‘場’の雰囲気
を創り出すよう努力しております。」
池上「それは、先生が、自然、例えば、木々が人間と同様に、呼吸し、
栄養を吸収し、恰も神経を持つかのように、踏みつけられると痛がっ
たり、泣いたりすると受け止めておられること、つまり、木々の
‘営み’を、常々、我が身の事として実感しておられると、いうこと
でしょうか」
庭師「その通りです。木には、人間と同じように、悲しみや歓びを
感じ、表現する力があります。それらを木の表情から読み取って、
悲しみの原因を出来る限り、小さくし、歓びを最大にする。これが、
われわれ、造園の職人、高度な技術を持って、固有の植生を発見し、
その成長によって景観という芸術文化的表現を追求する人間たちの
仕事なのです。」
池上「しかし、実際の世間では、そのような思想は受容されないこと
が多いのではありませんか」
庭師「そのとおりです。例えば、自然の真の姿を再生するには、景観、
木と水路、苔や池、人が水と触れ合う空間などへの配慮が必要で、
これらと人間の接点や‘ふれあい’を大事にして互いに相手のよさ
を認め合い、尊重しあう姿勢が必要です。しかし、学校の先生の中
には、‘水に子供を触れさせる’と聞いただけで、不衛生だとか、万一
病原菌があったときには誰が責任を取るのか、などという人もいます。
出来合いの常識にこだわって、子供の真の姿が見えなくなっている
のです。‘論語読みの論語知らず’になってしまうのでしょうね。
私は、子供を水に触れさせないことのほうが、どれほどか、危険では
ないか、と思うのです。水のよさを理解できない子供は、自然への
敬意も持ちにくいでしょうし、水のない状況で苦しむ木の表情など、
理解できないのではないですか。このような子供を育てたならば、
平気で、自然環境を破壊したり、汚染したりする商売人、経営者、
政治家や公務員をつくることになります。」
池上「そうしますと、このお庭を楽しまれる観光客や地元の人々も、
この途を歩きながら、木や苔の‘歓び’‘悲しみ’の姿を見て、自然へ
の敬意を持ち、あるいは、苦しむ木々の悩みを解決しようとする気持
ちを持つようになるわけですね。このような気持ちを人々が自然に、
内発的に、持つようになり、そのなかで、美しい景観、自然の歓びを
受容することになるのでしょうか。」
庭師「そうあって欲しいのですが、実際に、目の前を歩いておられる
方々の目線を見てください。みんな、足下をみながら、けつまずか
ないかどうかを心配して歩いておられるようです。庭師を信用して
くださって、安全な道だと信じ、天を仰ぎ見ていただきたい。
そこでは、晴れた青空に映える木々の緑と、木漏れ日が素晴らしい景観や
美しい太陽の姿を凝縮しています。感動できる情景を見ないで、ゆき
過ぎて行かれるのは残念です。
でも、庭の鑑賞の仕方などを、料理のレシピのように提供するよう
では、人々の成長を停止させます。自然に大事なこと、景観の持つ
美しさだけでなくて、自然と人々の共生がもたらす気高い価値につい
て、本人自身が気付かれるようにすることも、私たちの仕事なのです。
おそらくは、いま、足下ばかりを見て通り過ぎてゆかれる方々が、
次回、ここにこられて、足下が慣れてこられてならば、天を仰ぎ見て
いただけるでしょう。
では、すこし、外をあるきませんか。」
池上「ありがとうございます。休憩所から時雨亭に至る道は、まだ、
人手がはいっていない、荒れた空間がありますね。」
庭師「ええ、この荒れた空間と、造園された空間とが境を接してい
ますので、造園の意味が一層良くお分かりいただけます。放置された
自然では、この土地に固有の赤松が消えて、大木が日光をさえぎり、
本来は、のびるべき樹木は伸びることが出ない。潅木の茂みができて
雑然とし、景観のもつ固有のよさがありません。
造園は、大木を間引きし、日当たりを良くし、赤松の発芽を促し、
周囲と唱和しながら、10年くらいの長いスパンでゆっくりと育てる
のです。散策路は、土止めに、付近の太い竹をあてると大変良い。
一種の地産地消でしょうか。」
池上「赤松にこだわっておられるように拝察しましたが、それが自然
の潜在力のシンボルだからですか。」
庭師「その通りですね。同時に、赤松が文化財の保全に果たした重要
な役割を再発見し、それを、この空間で実現したいという夢もあり
ます。和歌山城の調査に行ったとき、お城の石垣の下には赤松が樹皮
ごと組み合わされていて、これが土で覆われると、腐らない。永続的
な築城が出来ます。日本人は古くからこのことを知っていたようです
ね。このお寺の池の周辺も、赤松の木組みで囲んであります。水に
つかっている限り、腐っていませんね。すごい機能です。この自然の
潜在力を活かして、池という空間を保全し、建築物の立替にも、活用
したい。これは、永続型造園の哲学です。」
池上「このような技術や知識を次世代に伝えるための、努力も大変な
ものでしょうね。」
庭師「確かに。技術を伝えることも必要ですが、より大事なことは、
みんなで、智恵を集めること、そして、工夫しながら仕事を共にし、
歓びや悲しみを共にすること、不況になっても、共に苦労し、解雇
しないことです。たとえ、報酬が減少したとしても、智恵を出し合っ
て、苦楽を共にしてきた仲間なのだから、皆で、‘乏しき’を分かち
合い、万一、賃金の水準が落ちても、家族のように人を大切にする
ことです。
経営人は上からものを言うのではなくて、互いに苦しみや歓びの分か
り合える仲間として付き合うべきです。世間では、派遣切り、などの
大問題が起こっていますが、日本の伝統的経営では、不況になって
も、顧客の恩に応え、自然の恩に報いる姿勢で乗り切ってきました。
自然の痛みを知り、人の痛みを知る経営によって、先人が創り上げて
きた、よき経営の習慣や伝統を知り、それらを今に活かして顧客の
要望に応えること、これこそが、創造的なアイディアの源泉です。
顧客の要望は厳しいことが多いのですが、それに敢えて挑戦し、智恵を
出し合うこと。そのために、普段から本音のところで、信頼関係を
構築することこそ重要ですね。」
池上「これからの世界に生きる経営哲学ですね。共感いたしました。
また、先生が、塾生を教えるなどの機会がありましたら学習させて
いただきたく存じます。今日は、貴重なご教示をいただきました。
深く感謝いたしております。」
交響楽の構成と市民経済学の構成と重ねて説明した箇所のご説明は次回に。






