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今日の話題  2009年12月26日
池上 惇

━━第34部━第三の道=市民経済学━━━━━━
私の教育人生 14 御布施の市民経済学
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


前回、梅棹忠夫先生の‘お布施’の現代的解釈についてご説明した。
繰り返そう。
「情報というもののもつ奇妙な性質」から、「生産に必要な労働として
は、しばしばいうにたりないし、原価計算ができない・・・・。」
「じつはここで、情報の価格決定法について一つの暗示を与える方法
がある。・・・・宗教家のお布施である。」
「あれの価格はどうしてきまるか。お経の長さによって決まるわけ
でもない、木魚をたたく労働量によってきまるのでもない。」
「お布施の額を決定する要因は、ふたつあると思う。
 ひとつは、坊さんの格である。えらい坊さんに対しては、たくさん
だすのがふつうである。
 もうひとつは、檀家の格である。格式の高い家、あるいは金もちは、
けちな額のお布施をだしたのでは、格好がつかない。
 お布施の額は、その二つの人間の社会的位置で決まるのであって、
坊さんが提供する情報や労働には無関係である。まして、お経の経済
的効果などで決まるのでは決してない。」
梅棹忠夫『情報の文明学』中央公論社、1988年、49−50ページ。

ここで、私がコメントしたいのは、「お経の経済的効果」について述べ
られている箇所である。
たしかに、御布施の額は、「お経の経済的効果などで決まるのでは
決してない」。これは確かである。
しかし、「お経」には、経済的効果ではなくて、文化的な価値がある。
それは、「人々に自然と一体になり、無常を認識すこと」、その価値
を教えてくれるし、行基や空海、法然や親鸞となってくると、古代
インドの哲学や、人々の苦労の意味や、生き方や、生活技術までの
広範囲な‘人類の記憶’を今に伝えてくれる。これは、僧という人に
体化された文化資本の活用であるとも言えよう。
これは、一種の社会貢献であり、社会の知識基盤の提供である。
これに対して、社会は、どのような恩を感じ、感謝の意を表すかが
問われているのではないであろうか。

お経は、一種の知的な‘営み’(労働と呼ぶには、更に検討を要するが)
である。
この‘営み’の報酬は、直接には、僧への金銭の給付ではない。
それは、僧自身の民衆救済の歓びである。しかし、恩を受けた人々に
とっては、僧の存在をより確実で、将来性の或るものとするために、
経済的な報酬を提供する。
この報酬は、社会の人々の分担である。
分担するからには、公正な分担の基準があるはずだ。
そこで、分担者の格付けをして、それぞれの格の高さを評価したうえ
で、格は高いが、所得はない人もあれば、格は低くても、所得のある
人もいる。
そこで、経済的な負担の分担関係を決める基準として、「所得に応じた
分担」を決め、実行するのである。

新年は、この興味のある市民経済を、さらに検討してみることにしよう。
では、良いお年を。

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12月27日〜1月4日まで、更新をお休みさせていただきます。
1月5日(火)より、通常通りの更新となります。
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