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池上惇 │ 私の教育人生 第33部 6 「危機に対応する投資」(11/24/'09)
今日の話題  2009年11月24日
池上 惇

━━第33部━人的能力投資と文化資本形成━━━━━━
私の教育人生 6 危機に対応する投資
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


一方には、戦争や革命、大不況や大震災、などの大量死を伴う危機
的な状況。
他方には、厳しい国際的な生存競争の中で、多くの人々が「働き
すぎ」や「失業」によって、命を縮める。典型的には、日本の過労
死や自殺死のような日常の仕事や生活の中で進行する生命の危機。
前者は突発的で、後者は慢性的。
しかし、いずれもが、人間の生を極限状況に追い込む。
この危機を乗り越えて、人々が生きてゆくとき、「生きる力」の源泉
は何だろうか。
そして、この生きる力を育てる「人的能力投資」の動きは、あるの
だろうか。
もしも、あるとすれば、そのような実例は、どこにあるのか。
私のように、第二次大戦で、大阪で空襲に出会い、死にかけた人間。
戦後、父親が失業して、飯の種が尽きかけて空腹に追い込まれた人間。
あるいは、大学紛争で、ゲバ棒と、火災の合間を逃げ回って、あまり
に情けなく、もう死のうと思った人間。
このような状況に追い込まれたとき、「死ぬ気で、生きる道を探す」
決意が湧きあがってくる。
このような状況や決意を体験された方は、わが世代には多かった
ように思う。

この「死ぬ気で生きる道を探す」決心をすると、意外に、気が楽に
なって、「道」を探し始める。
道の探し方には、二つがあった。一つは、古本屋を回り、書物に
投資して、先人や先哲の道を知り、参考とすることである。
これは、有効な人的能力への投資であり、多様な価値観や生き方に
触れながら、自分の身の丈に合った生き方を探すのである。
これには、さまざまな段階があって、若い時には、小説、とくに、
自伝的なものがぴったりくる。
私の場合には、徳富蘆花『想い出の記』がそうであった。
実家は破産、母一人、故郷を後に、学びやを探し、多くの反骨精神
の士、学識・人格抜群の人物に触れて成長してゆく。
この「反骨」と「全人性」に若い私は共感した。
戦争を平気で仕掛ける権力者を制御して、正義を貫こう。
これで、戦争の危機を乗り切ろう。

このような投資が可能であったのは、貧乏でもアルバイトをする力は
あり、古本屋には、日本の貴重な知的財産が溢れていたからである。
文化資本形成には、日本固有の知識風土と、死なない程度に働かせ
てくれて、所得を獲得できる機会が必要だ。
戦後の日本には、これがあった。
国破れて、知的資産と稼ぐ機会があったのは、まさに、先人の恵み。

日本人は、学生を使ってビジネスを行う才覚があるのだろう。
危機を描く小説。これは、日本固有の文化だと言えるほどだ。
悲劇と「泣く」ことなしには、日本はない。
すこし、年をとって、大学生にもなろうか、ということになると、
選ぶ書物も違ってくる。
私の場合には、河上肇『貧乏物語』への投資であった。
さらに、大学院生くらいになると、A.スミス『グラスゴウ大学
講義』など、ちょっと、専門的なものに移ってゆく。
そして、いま一つは、書物への投資でなくて、生き方を模索する
ために「生きた情報をネットワーク化するための投資」へと向かっ
てゆく。
典型的には、何人かで組んで、研究組織や教育組織を創り、研究会
や翻訳会を組織し、多数の人々の生き方を実際に研究対象とし、生き
た教材としての‘人々の生の営み’を比較し、研究し始めるのである。
研究所をつくるには、出資金か、会費が必要であるし、教育組織を
つくれば、授業料を頂ける程度の専門的力量がいる。
研究所、学校、学会などは、そのような投資機会である。

このような投資を「最初に言い出す人」は、日本では、まだ、稀で
ある。
しかし、危機に生き抜くには、欠かせない投資であって、各自の
文化資本形成にも欠かすことはできない。
このような人物は、きっと増加するだろう。
次回は、その実際の失敗や成功の経験である。
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