※2月28日池上惇の最新刊『勇気を出して人生を創ろう』が発売しております。ご希望の方は↓のバナー「文化政策まちづくりセンター」該当ページからお申し込み下さい。

ikegami
ボタンを押すとwindowsのお気に入りに追加できます。
ikegamiblogbanna
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
↑ブログランキングに参加中です。
よろしければクリックしてください。


Calendar
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28      
<< February 2010 >>
池上惇公開カレンダー
(講演予定)
Googleアカウントをお持ちの方はカレンダーが表示されます。


Recommend
Recommend
Recommend
Recommend
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第33部 9 「古典研究と調査・実証」(12/1/'09)
    maspy (12/01)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第33部 8 「研究所づくりへの投資」(11/28/'09)
    maspy (11/30)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第30部 1 「地分の形成」(9/11/'09)
    村落C (10/02)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第30部 1 「地分の形成」(9/11/'09)
    池上惇 (10/02)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第30部 6 「現代企業の文化資本」(9/23/'09)
    佐野ちひろ (09/27)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第30部 1 「地分の形成」(9/11/'09)
    村落C (09/11)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第29部 1 「所得再分配による文化資本形成」(8/21/'09)
    村落C (08/26)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第28部 8 「現代産業と市民経済」(8/13/'09)
    村落C (08/13)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第25部 7 「自転車と塾のまちづくり」(6/20/'09)
    村落C (06/21)
  • 池上惇 │ 私の教育人生 第24部 4 「市民経済学・自由な時間、空間」(5/28/'09)
    WooPoo (05/28)
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
OTHERS
 
池上惇(京都大学名誉教授/文化政策まちづくり大学院大学設立準備室室長)によるコラムです。
できるだけ毎日の更新を目指しております。
皆様からのテーマのご希望も受け付けております。
ご希望の方はご連絡下さい。
池上惇 │ 私の教育人生 第35部 8 「内村鑑三の地人論」(2/6/'10)
今日の話題  2010年2月6日
池上 惇

━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 1 内村鑑三の地人論
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


あすは、各地の研究交流の貴重な機会「地元学ネットワーク交流会」
「各位の研究成果交流会」の日なので、地元学についての私見を聞い
ていただける事となった。
前回、12月末ごろに例会を持っているので、そのときから今日まで、
私が勉強した成果をご報告することになる。

この間の私なりの成果は二つあった。
一つは、ある学会からの原稿依頼で「ルーラル・サスティナビリティ」
論の展開である。尊敬する友人からのご依頼であったので、正月返上
で頑張った。
いま一つが、私の本棚でもご紹介した、内村鑑三『地人論』岩波書店
(文庫)1942年である。
これは、地元学や「文化による‘まちづくり’」論、地域文化政策や
企業文化政策の「原論」といえる古典である。
このほか、年末に、岩波からでた、『フェアトレード』も参考になった。

本書の解説を執筆した鈴木俊朗氏は『地人論』について、内村は、
これを、”Spirit of Geography”(地理の精神)とも呼んでいたそうだ。
確かに、内村鑑三は、この地球上に暮らす人々=地球市民の自然や
歴史に対する邂逅、あるいは詩としての「地の理」を展開して見せて
いる。
地の理とは、自然に内在する、あるいは、神がつくりたもうた、地球上
の‘暮らしのデザイン’である。それは、固有の潜在力を持っていて、
この潜在力を無視して、町や村を作ると、資源が浪費されて、人の
生命と生活が危機に直面する。いわゆる環境問題や自殺、孤立、教育
危機が迫ってくる。
人が、経験知と学習によって、この固有の価値を見出したとき、神の
つくりたもうた‘デザイン’が、見えるようになる。
固有の素材が生かされ、リサイクルが進み、創造的なアイディアが
生まれて、自然との共生の下での人々の繋がりが再生される。
そして、人々に寄り添った「文化による‘まちづくり’」が進む。
人間が復興してくるのだ。

彼は、地球の表層ではあるが人類の‘営み’という意味では深い意味
を持つものとして、地理学を位置づけた。しかし、この地理学は私たち
が大学や高校で学んだものとは全く違う。
彼は、彼流の地理学、地中の構造を知る地質・鉱物学、天空を知る
天文学の3者をもって世界の繋がりを認識しようとする「有限なる
人知」の素晴らしさと限界を提示しようとした。
この構想力には驚かされる。
「地質学の如く深からず、天文学の如く高からず、現世的にして皮相的
なる地理学は探り易くて解し易し、然れども其の解し易きが故に吾人
これを思うこと稀なリ、その解し易きが故に地の理は人の多く究めざる
所なり、
皮相的たる必ずしも浅薄の意にあらず、慈母の柔顔は彼女心情の現出
ならずや、現世的たる必ずしも寸時の意にあらず、現在とは過去と未来
を繋ぐ永遠の一部分たるにあらずや。
地理学は実に諸学の基なり、我ら地の事を知らざるにいかで天の事を
悟るを得んや、吾人の智識は地を以って始む、未だ腔内五臓の妙器ある
を知らざる前に我等は巳に山川の子供なり、その阜丘は我等の遊園なり、
その渓川は我等の漁場なり、我等に心霊の奥殿を開かるるありて驚愕
以てその無限を探らんとするの念起こる前に、白頂秀峰先づ我等に詩感
を起し、漲流怒涛先ず我等の静思を攪乱す、
地を以て始め天を以て終わる、
殖産、政治、美術、文学、宗教は此絶頂絶下両極端に亙る人生の楷段
なり、
地を究めずして此楷梯を昇らんとするものは夢に雲井に上るが如く、
発点なきが故に着点に達するを得ざる人なり。」(12−13ページ)

われわれは、各地に生まれてから昇天するまで、各地に固有の地の理
を究め、産業や経済を起し、政治や行政を行い、子や人を育て、美や文
を追求し、自然や神に祈る。
「仕事を起こし、地域を創り、人を育て、文化を高める」‘営み’によっ
て、先人から学び、経験を蓄積し、次世代に伝える。
そして、鑑三のように、「慈母の柔顔」から「彼女の心情の現出」を読み
取る力量、また、「現世」の一瞬から「現在とは過去と未来を繋ぐ永遠
の一部分」であると喝破する凄さを身につける。地域固有の文化や文化
資源と一体になった経済、そして、政治や行政、教育や文化、これら
があってこその人生である。

この書は、地球人類に対する、深い認識と、それを基礎とした各地域
住民の生きるための智恵や、驚くべき構想力について世界各地を引き
合いに出しながら、凝縮して示した。
例えば、彼が殖産というのは、経済に関わることがらである。
経済について言う。
「地理なしの殖産は人間としてのモラルや自覚のない人々のそれで
ある。殖産とはいえない。・・・・・・地理学に暗ければこそ至少の
経済上の変動により我国幾多の有望資産家をして金融緩慢を嘆ぜしめ、
狭隘なる領土の上に無限の欲望を幽閉し、権力に頼み、同胞を圧し
以て天与の聖欲を伸ばし得ざらしむ、」(13−14ページ)
彼は吉田松陰の次の言葉を引いている。
「地を離るれば人なし、人を離るれば事なし、故に事を成さんと欲す
る者は応に地理を究むべし」(16ページ)
また、陽明子を引いて言う。
「人格高潔で人から尊敬され学識ある人物にとっては、天地万物は
一体のものだ。彼は、天下を一家としてみるから、中国もその一家の
一人に過ぎない」(21ページ)
彼は、まさに、地球市民の発見者であった。
本書、解説者の鈴木によれば、内村鑑三自身は、本書刊行後、1919年、
日誌の中で、次のように述べている。
『地人論の改訂に従事した、二十五年前に成りし自分の著述を読んで
少なからず教へらるるところがあった、・・・・・今に至って地理学者
とならずして聖書学者となりし事を悔いざるを得ない、詩人シルレル
が言いし如く「自由は山に在り、腐敗の気は未だ嘗て其新鮮なる気流
を汚せしことなし、あ丶自然は到る所に完全なり、唯人のみが憂苦を
以って之を毀損す」と、然り自由は山に在り海に在り、・・・・あ丶人
よ青年よ、汝等の自由を求めんと欲せば・・・山と海と地理学とに行
けよ。』(198ページ)
世界の山川を縦横に駆け巡りつつ、よき出会いをもって自分を高める
人々。
かれらは、歴史の繋がりを発見し、慈母の表情を介して人々の繋がり
を見出す。

私たちが研究対象としてきた「文化による‘まちづくり’」を担う人々
の歓びや悲しみ、叡智や学識もまた、これらの発見の上で展開されて
いる。
日本の学会は保守的なところも残っているから、「まちづくり」は、学術
における概念ではない、などと、いう人もいる。
しかし、内村によれば、神のつくりたもうた「まちづくり」のデザイン
を研究し、発見することは、誰にとってもこの上ない研究対象であり、
殖産、経済、政治、美術、文学、宗教などを究める基礎的前提である。
それは、各地の固有の人々の‘生きざま’の研究とその方向性の研究
でもあって、地理学というよりも、彼が、この書物のタイトルに選ん
だ「地人論」そのものであろう。

先のルーラル・サスティナビリティとを、農村的生活において維持さ
れるべきもの、と、理解すれば、地人こそは、まさに、その象徴とい
うべきであろうか。
| - | 15:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
池上惇 │ 私の教育人生 第35部 7 「新しい職人の人格と技術」(2/5/'10)
今日の話題  2010年2月5日
池上 惇

━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 7 新しい職人の人格と技術
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


今日は、「私の本棚」で、高久多美男編集・中田宏コーディネイター
『Japanist』第4号(2010年1月25日)、関口暁子「伝統工芸の
発展形」をご紹介した。

福原義春先生からいただいた雑誌で、お薦めの論文である。
関口さんは、航空会社、旅行企画部、ドイツの商社を経て、伝統工芸
品産地プロデユーサー、地域再生支援doppo代表。
「職人とは何か」に関心を持つ私としては、答えを見出す上で最高の
文献であった。

同氏は、「北陸先端科学技術大学院大学、石川伝統工芸イノベータ養成
ユニット」における、養成コース二期生の九谷焼作家、佐久間忍氏
制作の‘マイちょこ’を手がかりにして、現代の職人増に迫ってゆか
れる。
この九谷焼は、素晴らしいデザインで、いかにも、使い易そう。
そして、伝統的な加賀友禅の袋。
一番の注目は、「・・・日本は百年以上続く老舗の会社が世界で最も
多く、伝統工芸で培ってきた職人技が現代の先端技術をも支えている
という事実」である。
優秀な職人たちと、それを理解する国民こそ、日本文化の誇りである。
(110ページ)
伝統工芸の生産は、人から人へと‘つながる’なかで、名人らから
伝えられてきた技術だけでなくて、妥協を許さない自立した精神性
を育てる。
記事を読んでいるうちに、新しい職人像のイメージが明らかになって
きた。

昔は、とくに、戦前の日本では、職人の世界には‘パタナリズム’
‘徒弟制度’と呼ばれる上意下達の鉄則があり、親方が弟子に対する、
一種の「経済外的強制力」を持っていた。しかし、戦後の民主化や
家族法の改革によって、いまや、学校で学ぶ自由な精神を持つ職人
が登場した。
そこには「自覚的意思と思想」をもつ職人が登場する。
この新職人は、芸術家と同様に、芸術的表現の技術を持ち、同時に、
創造的な自立の精神を持つ。
この自由への道は、決して、恣意、すなわち、自己の利益追求の自由
を意味しない。
そして、よりも‘他’への義務を果たす自由を追求する。
では、‘他’への義務を果たす自由とは何か。‘他’とは何だろう。
例えば、陶磁器を扱うとき、かれらは、素材を一方的に、かつ、人工的
に染め上げるのではなくて、素材のよさを活かす力を持つ。
この力は、自然を敬愛する人格と、時間と労力を費やした自覚的な
修練を通じて生み出される。
新職人は、自立を背景に、自由で開かれた発想をもちつつ、この自由
を生かして自然の齎した素材の潜在的な‘美と用’(美しく使って楽し
い実用性)を、顕在化する。
また、自然とのコミュニケーションを重ね、それを深く知る‘営み’、
すなわち、植物や動物を育て、火や水で鉱物を変化させて仕事や生活
に活かす中で生み出されてくる。
工芸においては、彼らは、自分の関わる自然の素材の構造をよく知っ
て、加工し表現する。
そして、無理のある加工・表現は、自然の痛みとなり、内部構造に
添った加工や表現は、自然の歓びとなるかのように感じる。彼らは、
仕事と生活に地域固有の自然、景観、資源などを活かして生き抜く。
そして、自分が、作品をつくり、表現できるのは、自分の恣意による
ものではなくて、自然によって自分が生かされ、教えられた結果で
あると考える。
彼らは、自然の象徴である天や地、あるいは、先人の限りない教示
や愛情によって、生かされているとの‘謙虚な自覚’をもつ。
これは、自己を自然や歴史の‘うみだしたもの’、あるいは、それら
の一部として自覚しつつ、自己抑制することを意味するだろう。
新たな職人は「自然によって生かされていることを自覚し、感謝し、
自然の恩の応える」。

職人のことを考えているうちに、おや、これは、創造型経営者の哲学
ではないか、と感じた。
工芸の哲学を「企業経営の哲学」に置き換えると、日本の創造型経営
論に接近できるのではないか。
そういう目で見てみると、日本の経営者には「率先垂範型」で、職人的
な思考の人が多い。
また、自分で、趣味のようにして職人芸を持つ人々でもある。
例えば、蘭の育成に関心を持ち、そこでの手仕事を磨かれていること
もある。
職人型の経営では、社長と社員の分業体制には、馴染まないで、社長は、
上から命令する人ではなく、「先に進んで、後からも支える」タイプが
多い。
巨大企業となれば、そういう形は難しくなり、分業と官僚制の弊害
に悩まされる。
職人の哲学を基礎とした創造型経営の道、これがいま、求められて
いるのかもしれない。
| - | 20:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
池上惇 │ 私の教育人生 第35部 6 「農産型生活の再生」(2/4/'10)
今日の話題  2010年2月4日
池上 惇

━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 6 農産型生活の再生
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


昨日、古池先生の御高著を書評した。
同時に、ブログを、と思いつつ、リースの支払いに関するやりとりに
貴重な時間を取られ、今日になりました。申し訳ありません。
最近は、実務を引き受けてくださる人が段々、減少して、自分でやる
ほかなしと腹を決めました。
やってみると、大変大事なもので、現金の移動に関わる友人たちの顔
を思い浮かべながら仕事ができて幸せです。
ただ、リース会社というのは、気位が高く、なれないミスをすると頭
ごなしにしかれます。辛いですね。

古池嘉和『観光地の賞味期限―「暮らしと観光」の文化論』春風社、
2007年9月。
は、書評で述べたように、現代観光事業の弱点を鋭く指摘し、本来の
あるべき観光の姿を示唆した労作である。
古池先生は、長年の友人で、瀬戸の陶磁器に魅せられて、研究を積ま
れて、その研究で学位を取られた。
先生とお話をしていて感じるのは、瀬戸を研究するなかで培われた職人
生産人への敬意である。
そして、かれら職人が、伝統の中で積み上げてきた、生産のノウハウ
や生活の技術、それらを共有する家族や地域の人々との‘つながり’、
愛着である。

陶芸という生産行為は、恐らくは、人類が生存の中で体験してきた
‘生きるための智恵’が結晶したものだろう。
土を‘土壌’とする農業や林業に対して、陶芸は、土そのものを原料
とするわけだから、鉱物にそれが本来ある形を与え、高熱で焼き上げ
て、変化を起させて、内在する美しいものを目に見える形にする。
陶磁器職人の生産現場を研究したものは、土と大気、炎のもつ圧倒的
なエネルギーに圧倒される。
そして、それを開花させる職人の意思と技は、歴代の名人や師匠たち
が長い歴史を経て創造し、型を作り継承したものである。
また、そのうちに、新たな人物が現れて、型を破ってあらたなものを
創り出す。
これは、革命的で、ダイナミックな営みでもある。

ひとたび、このような経験知を持ったものは、地域を単に物見遊山の
対象とされることに我慢がならない。
陶磁器に限らず、地域社会の歴史と伝統は、ひとびとが生きるために、
智慧を絞って、考え出し、腕を磨いて実践し、長い期間をかけて熟成
してきたものだ。
とりわけ、生産に関わる‘つながり’のなかで、共有された伝統の技
や、制作意欲は、例えようもなく重い価値を持つ。
これに触れることの出来る来訪者は心からの敬意を込めて、その地の
職人に接し、学習し、同時に、自分自身の人生における体験を背景に
して、多様な‘生産されたもの’が、なぜ、共感を呼びうるのか、を
考え、人生を振り返る機会を獲得する。
そして、生産者もまた、来訪者の人生経験を尊重し、共感に応え、反感
を受け止めて、自分達の心の糧とする必要があろう。

古池教授は、この両者のコミュニケーションが持続的に発展する土壌を
「観光地」において培う方法を提案する。
これは、地域力の涵養である。
そして、それによって、商業観光やモータリゼーション・大量生産・
大量消費・大量廃棄社会を制御することであった。
この力は、伝統文化というストックを基礎に、絶えず、それを今に活
かしうる新たなアイディアや、ノウハウによって成長する。
そうなれば、ここで、創造的アイディアをつくりだす人々を生み出す
こと、次世代にも、かかる人間をうみだす仕組みをつくることが必要
である。
この地域を統治する職人文化ともいうべきものは、筆者によれば、コン
パクトな町や村の自治や寄り合い、結いなどの‘ひとをつなぐ’文化に
よって持続的に再生される。
このしくみは、日本人の自然を敬愛し、先覚の智慧を今に活かす伝統
によって生み出されてきた。
この文化が産業や水系や交通に浸透し、エネルギー供給システムまで
をかえるとき、大きな変化が起こるであろう。
身の丈にあった暮らし方や産業は、いまや、技術の小型化、高性能化
によって可能となり、地産地消型の分散的経済が生まれてゆく。
技術の小型化の基礎には、生物の‘しくみ’から着想を得てナノテク
の機械的な技術、あるいは、バイテクへと展開するものが多い。

ノーバート・ウイーナーは、大脳生理学者と組んで、人間が過去の記
憶と現在の行動に関わる新たな情報を照合し、過去の判断を修正して
行動する‘しくみ’をもつことを明らかにした。
これを彼は、「学習」と呼んでいる。
また、細胞の研究が進むに連れて、精子の細胞が生命の設計図=DNA
を凝縮して保持しながら、ミトコンドリアを細胞内に持っていて酸素
を取り込み、エネルギーを獲得して活発に運動するさまが観察され、
そこから微細な機械装置を生産するアイディアが生み出されうること
を示した。
人間は、このような新技術が独走して人間生活を破壊しないように、
また、人間の身の丈にあった新技術の活用が可能となるように、学習に
よって、進化することが出来る。

新技術と新市場の開発の中で、地場産業が見直され、農林漁業が再生
し、文化財は、本来の景観や農林漁業の持つ雰囲気に中で光を放つ。
水や空気の清浄さが再生され、公共交通が、歩行生活と、自転車を含む
多様な交通手段と連携しながら再生する。
これらの学習と智慧によって、人間は、農村的生活に基礎を置きながら、
大規模な機械力を誇る大都市文明を制御し、地場産業を再生し、農村的
な生活様式を都市へも及ぼす。
その地に生きた文化が、都市文明を制御する時代。
それが近づいているようだ。
| - | 15:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
池上惇 │ 私の教育人生 第35部 5 「限界集落にある価値とは」(2/2/'10)
今日の話題  2010年2月2日
池上 惇

━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 5 限界集落にある価値とは
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


今日から書評とブログを、毎日書くぞ、と決心した。
私のブログは、人との出会いが中心である。
会話やヒアリングのなかで、きらりと光るものを発見できる。
その歓びは素晴らしい。

他方で、著作物に接した時の感動も捨て難い。
これは、一種の重量感がある。
「重く受け止める」とは、政治家がよく言う言葉だ。
しかし、そのような意味とは違う、著作者の蓄積というか、積み上げ
というべきか、立体感のある、そして、持ち運ぶわけには行かない
価値の重さ。それを感じるのである。

昨日は、富山で、地域づくりのフォーラムあり。
総てのご報告やご講演が「衰退するように見える地域にこそ‘価値ある
もの’がある」「その‘価値あるもの’を発見して、それを世に出し、
享受する人々を育てよう!」「各地に塾を作って地域固有の職人技を
継承し、ともに、楽しもう。」と、呼びかけておられた。
この‘価値あるもの’は、地域固有の伝統や習慣である。
また、人々の寄り合いのなかで、創意工夫された技術や技能であり、
農業や地場産業である。
ご報告では、福井の今立の紙職人や、ミュンヘンの子供のまちづくり、
八尾の祭を創る人々、富山の鉄道文化や鉄道研究家、さらには、広告事
業者、ネット塾長など、多様な職人技が登場した。
いずれも、深いご研究で、地域固有の‘価値あるもの’に着目されて
いる。

富山では、推進者が目立って、支える民衆の姿が見えにくい、との、
指摘もあった。
富山に向かう列車の中で、大野 晃『限界集落と地域再生』(河北新報
出版センター、2008年)を読んだ。
銀座の河北新報社で入手したもの。

書評でも紹介したが、この書の冒頭、グラビヤの最終ページに次の言
葉が掲げられている。

「日本列島‘限界集落’−明日が輝く」
「来年のこともわからぬ歳なれど夢をいだいて花種集める(まきこ)」

大野教授は、「限界集落」という概念を日本地域経済社会の研究の中で
確立された。
限界集落は貴重な価値を持つ。
そこには、豊かな自然環境と、近隣の人との温かな繋がりのもとで、
長年の職人技を蓄積された人々が居る。
住居の周囲には、美しい景観と豊かな自然がある。
水は美しく住み、大気は清浄だ。
さらに、限界集落には、その地に固有の自治の習慣、治山治水の智恵
や技術が暗黙の知として存在する。大野教授がとくに、注目されてい
るのは、水源と水系が創り出す‘人々のつながりや伝統’の持つ価値
である。
利便性や経済の効率化の推進によって、放置された地域の存在。
しかし、その価値が発見された今となっては、もはや、後進的な地域
ではない。時代を導く先進地域なのだ。
市民経済学は、この事実から、歴史を見直して行く。
| - | 19:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
池上惇 │ 私の教育人生 第35部 4 「創造的アイディアの源泉―敗者の集合」(1/30/'10)
今日の話題  2010年1月30日
池上 惇

━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 4 創造的アイディアの源泉―敗者の集合
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


創造型経営についてのヒアリングや学習を続けていて、ふと思うこと
がある。
それは、経営者と呼ばれている人々の大半が、いわゆる経営学を全く
信用しておられない、あるいは、信用すると、経営がうまくゆかない
のではないか、と、考えておられることである。
私ども、学者と言われているものにとっては、ショックなことであった。
では、何が信用できるのか、ということになる。
答えは明快で、ある‘我流の’経営理論に基づいて経営してみて、企業
が実際に倒産しないで、再生産または拡大再生が持続的に行われている
か、どうか、を点検しながら進むということであった。
この‘我流’のものは、メモであったり、自費印刷の小冊子であったり、
研修のための講演の記録だったりする。
それらを読ませていただき、ヒアリングで補ってみると、今までの経営
理論にはない、まさに、「創造的」というべき内容が、しばしば、含まれ
ている。
そして、‘創造的’なものの中身は、意外なことであるが、従来の経済学
では未開拓であった領域を積極的に、解明したものが多いのである。

例えば、以前、中澤代表取締役の経営理論をご紹介したことがある。
ヒアリングのなかで、氏は「企業の枠を超えて、知的財産権、特許権
あるいは、出願しない知的財産を、関係者が共有するなかで、互いの
位置取りを、それぞれが自覚しながら‘分担すべきところを分担し’、
‘協働すべきところを協働する’」「信頼関係と‘支えあい’を基本と
し、勝者と敗者を作らない経営」「敗者の側のよさを認める経営」を進め
られていた。
この企業の社員の中にも、山岡鉄舟のような維新の敗者に興味を持って
研究される方もある。
確かに、後世や次世代まで、影響力を残した人物は、明治維新の敗者に
多い。
暗殺されたものを含めれば、大半が敗者の思想や行動である。
勝海舟、阪本龍馬、西郷隆盛など、どうしてこうも立派な人物が敗者
となるのだろう。ニューリーの新井会長のお話でも、ご本人が退職を
繰り返さざるを得なかった敗者であるが、その敗者の側に最も優れた技術者たちが結集して智恵の森というべき集団を育てられた。

一昨日、小林俊和先生と、遅い夕食を食べながら、posシステムを
入れた書店と、売れないものを総べて揃える書店との違いを議論していた。

小林「posをいれた書店は大体、だめになります。」

池上「確かに。大手の京都店が撤退しましたね。むかしは、そこへゆく
と、何でもあったので、便利だったのですが、撤退前は、資格を取る
ための本とか、旅行用の本は一杯あるのに、学術的なものは極少数で
した。売れないものでも価値があると思えば売る努力をすれば買う人
も出る。ネット上のアマゾンでは、売れない希少本がでていますよ。」

小林「売れない本には、二種類あって、内容が良くないものと、内容が
良いが流行ではないものです。流行でないものの中に‘本物’がある
と思いますね。」

池上「確かに、敗者の立場に立つと、勝ち馬に乗るような流行の雰囲気
ではなくて、本物を見つけて力をあわせよう、みんなで、抵抗し、守り
あって、よいものを創ってゆこう、という気になります。命を大事に
し合って、支えあおう、という、ことでしょうか。」

小林「先生は、よく、‘もう一つのアメリカ’‘もう一つの日本’という
言い方をされますが、私から見ると、‘勝ち組のアメリカ’対、‘負け組
のアメリカ’という気がします。」

池上「なるほど。でも、真の勝者は、ことによると負け組みのほうに多く
いるかもしれませんね。流行で勝つのと、実力で勝つ、とは、違います
からね。」

小林「経営の世界でも、‘pos式の経営’と、その逆をゆく‘売れない
ものを集めて、創造的雰囲気を持つ経営にする’という二つのタイプ
があるのでしょう。流行から見てマイナスのものを集めて、何倍もの
プラスにするためには、何か、条件がいるのではありませんか。」

池上「最近、小林さんが着目しておられる‘ドメイン’という概念が、
それに当たるかもしれません。地域固有の、よき伝統や習慣を創造的
に継承できる人間ネットワーク、それによって維持し再生されている、
文化財、文化産業、「学術文化財」、生活文化様式、学校、塾などです。
それらは、固有の「場」における人に体化された‘目に見えない’文化
資本と、モノや制度に担われた‘目に見える’文化資本の結合された
もの、です。
これまで、ヒアリングさせていただいた方々、それぞれに、非常に厚み
のある、人間ネットワークと、それを活かす場をお持ちのようでした。
私たちも、よい大学院大学をつくろうと思うと、ドメインをしっかり
構築しておかないと。本当に、教えられました。」
| - | 16:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
1/97PAGES | >> |
   
◆ラスキンスクール京都の情報を更新しました。
詳細はこちら⇒
http://ruskincollege.org