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池上惇ブログ文殊文庫便り

池上惇(京都大学名誉教授/文化政策まちづくり大学院大学設立準備室室長)によるコラムです。
できるだけ毎日の更新を目指しております。
皆様からのテーマのご希望も受け付けております。
ご希望の方はご連絡下さい。
教育人生71(推譲経済学の生誕)−6「コモン・ストックと推譲経済(続)」池上惇
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    ━━━第71部━推譲経済学の生誕━━━

    6「コモン・ストックと推譲経済(続)」池上惇

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

     

    前回、スミスのコモン・ストック論についてご説明した。

    それは、分業の成果を市場に持ち寄って交換すると、それぞれの職業が生み出した個々人の才能開発の成果が、互いに生かされあう。差異を認め合ったうえでの「コモン・ストック」が形成される。

     各人の才能の差異は、‘個人のもの’であって、同時に、‘社会の人々のもの’でもある。個々人は、この結果を予想して商品を交換したわけはないが、結果としては、個々人の才能の差異が個々人の知識や体験の幅を広げる。

     

     興味があるのは、スミスの商品交換モデルには、登場しないが、「商人」を、商品交換に介在させて、コモン・ストックの意味を考えてみることである。これは、日本流の発想であって、尊徳は分業社会の大事さを認識しながら、同時に、分業を仲介し、それを超えてゆく人間関係に注目する。

     その人間関係とは、買い手も喜び、売り手も歓ぶ人間関係である。」

     

    *************************************

     昨日は、京大の大学院研究科の入学式。午後2時から、驚いたことには、岡崎の都メッセで、学歌斉唱、総長訓示。それで、修了。新入生も各自、すきな椅子に座っている。

     総長の訓示は素晴らしかった。

    ‘東日本大震災の衝撃を受け止め、研究者として何が貢献しうるかを深く考え、自分の知らないことを発見して、真摯に取り組む中で、自分の独自性に確信を持て’。

     式後、若手研究者が入学されたので、近くの雰囲気の良い喫茶点で乾杯。

     これからの研究生活の夢を語り合った。

    ***************************************

     

     そして、夕刻、夕食を取りながらのスミス談義、再開。

    「スミスには、商人モデルがありますよ。尊徳と通じているところもあるのではないですか」

    「ええつ。どこにあるの。」

    「『道徳感情論』ですね。いわゆる商業社会論の趣旨と一致しています。対等平等、公明正大な人間関係。たがいの創意や努力を尊重しあう習慣。これですよ。」

     時間に追われて、ここまで書いてから、かなり時間が経過した。

     偶然にメールを開いて見ると、そこに、荒木君のブログが掲載されていた。

    以下は、その内容である。

     

    「推譲とコモン・ストックの関係

    今日は、京大大学院の入学式があった。驚いたことに、池上先生がかけつけてくれた。うちの祖母や父親は仕事で来れなかったので、非常にうれしかった。

    大学院の諸手続きを済ましてから、市民大学院で池上先生と待ち合わせて、食事に出かけた。今日は、お祝いとして、かごの屋ではなく、ココン烏丸の一階にある、フレンチのオーバカナルに連れて行ってもらえた。

     今日の議論のテーマは、やはり「推譲経済学」についてであった。41日に僕が報告した「世代継承の場としての市民大学院」にて、負の経験価値をコモン・ストックとし、推譲によって、人々を結びつけて、コモン・ストックを増やしていくという主張について、これまでの経済学史に照らしてどうかということを議論した。

     まずは、池上先生より、スミスには僕の提起した視点があるのかと問われた。スミスが生きた時代背景より考えると、前時代の封建的な社会構造の中から、私的所有を確立することの重要性を主眼を置いて、自然や環境に共同性を主張するには至らなかったと思われる。しかし、スミス自身は、自然や環境に関して放置していたわけではない。いわゆるコモンズの悲劇のようなことは、スミスが重視していたもう一つの側面、すなわち、人間の徳性によって、起こりようがないと判断していたのではないだろうか。

    もちろん、現実は、スミスの思惑とは異なり、私的性のみが無尽蔵に発展していく構造になってしまった。このような事実から、即座にスミスは間違っていると判断するということにはならないだろう。というのも、スミスが生きた時代とその後では決定的に異なることがあるからだ。それは、商品の保存技術の進歩である。

     商品の保存や耐久の問題を経済理論に組み込んだのは、かの森嶋通夫先生である。森嶋先生は、主に工業生産物の耐久性を伸ばす技術の発展が、中古市場を生み出し、セイ法則が機能するモデルを崩壊させたと見ている。

    実は、スミスは、食品の腐敗性が、金持ちに及ぼす影響について言及している。「高慢で無感覚な地主が、かれの広い畑を眺め、かれの兄弟たちの欠乏については少しも考えないで、そこに成育した全収穫を想像のなかで彼自身が消費してみても、なんの役にも立たない。」

    ここで、スミスが言いたいことは、私的所有の原則に従って、地主が、自分のものを確保し、それらをすべて消費しようものなら、当人の効用は決して最大化されないということである。つまり、「彼の胃の能力は、彼の諸欲求の巨大さに対して、まったく釣り合いをもたず、最も貧しい農民の胃よりも多くを、受け入れはしないだろう」。これは、富の形態が、食糧という腐敗しやすいものだから生じる問題である。保存技術が十分発達していない段階では、私的所有を貫いても、獲得したものすべてから効用を得ることはできないのである。

    富をより長く保存できるようになれば、このような心配は起こりえない。だが、そのような時代はもっと後なので、スミスの時代の富裕者は、「残りをかれは、彼自身が使用するそのわずかなものを最も見事なやり方で準備する人々の間に、このわずかなものがその中で消費されるべき邸宅を整備する人々の間に、地位ある人々の家計の中で使用されるすべてのさまざまなつまらぬ飾りや愛玩物を供給し整頓しておく人々の間に、分配せざるを得ない。」のである。

    ここで重要なのは、彼ら富裕者は、私的所有を否定してはいないということである。「かれらすべては、彼の奢侈と気まぐれから、生活必需品のその分け前を引き出すのであって、かれらがそれを、かれの人間愛またはかれの正義に期待しても、無駄だっただろう」とスミスも言っている。これは、まさに自然の摂理と呼べるもので、スミス自身も、この後で、かの有名な「見えざる手」で説明している。すなわち、スミス流にいえば、自然が、人々に富を偏在を容認しているのは、結果的に、一部の人だけが生き延びることには決してなく、必ず、富者が貧者を救う仕組みになっているからである、ということであろう。これは、まさに尊徳でいう「推譲」に他ならない。

    このような認識を持っていたスミスは、資本主義によって発達してきた商品や市場を、崩壊に至らせないようなものを確立させることで充分であった。それがコモン・ストックである。商品経済をコモン・ストックで破滅に向かわないようにすれば、あとは、自然の赴くままでよい、というのが、スミスの主張であった。今日ではありえない発想かもしれないが、当時には十分すぎる妥当性があったと言える。

    したがって、今日的に重要なのことは、ありのままのスミスのコモン・ストックを適用するのではなく、時代に応じて、拡張することである。特に、スミスの時代では当たり前であった推譲という行為そのものの意義を再認識し、適切なコモン・ストックへと至る道のりを提起する必要がある。このように考えると、推譲経済学は、アダム・スミスに始まり、マーシャルやラスキン、ケインズを包括できるのではないかと思われる。」

    素晴らしい発見と、的確な指摘。納得した。森嶋先生のご指摘と、スミスの主張がつながるとは。恐ろしいことをいう男だ。

    「腐らないもの」としての金貨幣が富の独占につながる、という考え方は、富の独占を打破するには、金を紙幣に置き換えておいて、毎週、紙幣に1割引きのスタンプを押し、貯蓄は無意味であり、消費が経済を振興するとの示唆を生んだ。

    ケインズの一般理論に出てくのであるが、ゲゼルという商人がロシア革命後に革命委員になって実践した「スタンプ貨幣」論である。私的所有の弊害を貨幣制度改革によって改革しようとしたのだ。

    日本でも、同じように、腐らないもの、への関心は石田梅岩にもある。私有制が富の独占となるには、金銀小判などの「蓄積可能な」富があるせいである。そこで、金銀小判を「腐るもの」に転換すれば、富者は自然に富を他人に消費させ、再分配を実行するようになる。このように言うのである。

    「腐らない金」の発見と活用が、富の独占につながったのか。私は、納得しながらも、なお、その上で、その日の会話の中にあった、もう一つの論点に触れておきたい。次回。

     

    | - | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
    教育人生71(推譲経済学の生誕)−5「コモン・ストックと推譲経済」池上惇
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      ━━━第71部━推譲経済学の生誕━━━

      5「コモン・ストックと推譲経済」池上惇

      ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

       

      私が、A.スミスのグラスゴウ大学講義を研究しながら、「コモン・ストック」という概念に出会い、それを、‘学習社会における人間発達の過程’と結合し始めたのは、いつごろであったろうか。1960年年台の後半から1970年代に至る激動の時代であったように記憶する。

      そのころ、大学は、しばしば、封鎖中で、講義の最中に拘束されて学外に「追放」されるなど、日常茶飯であった。

       

      大学の中でやらせてもらえないなら、「現場」からやればいいや、と、当時、20歳代の若手の研究者たちと、「現場に基礎を置いた新しい経済学」の構築を目指した。所得倍増政策の幻想だか、希望だか、定かでない時代。

      朝鮮戦争後の不況から三菱三重工の合併に象徴される産業再編成の時代でもあった。産業の現場は、どこも、きびしく、生存競争の鬨の声が反響する。

      ケインズがいう「豊富の中の貧困」が大規模に始まった。

       

      このようなとき、伝統や習慣などのよさに注目して、そのなかに、人間発達の可能性を発見しながら、「人間再生」「産業再生」を模索する。

      そのような研究者の集団があったのだ。

      現場の厳しさ、生存競争、不況、倒産、企業再生の課題。

      私たちは、これらの課題解決のヒントを求めて、現場の調査やヒアリング、をおこない、並行して、経済学の古典のなかに、ヒントを見出そうと必死であった。

       

      非常に参考になったのは、当時の生産現場を踏まえた、A.スミスの「分業論や交換論」、J.S.ミルの「スタートラインの平等」による公正競争社会の構想、K.マルクスの労働日研究における「生活時間と労働時間の区別による人間再生の可能性」論、さらには、J.ラスキンの「自然の固有性を生かした各地固有の人間形成」論などである。

      わたくしは、そのころ、日本の経済学が日本の現場から遊離して抽象的な論理一貫性を追い求める傾向があったことに納得できなかった。また、特定学説の真理性を正当化しようとする傾向にも納得できなかった。

       

      当時、流行であった、近代経済学こそが科学であり、マルクス経済学はイデオロギーにすぎない、という説にも同意できなかったし、マルクス経済学こそ、真理を語りえているという説にも同意できなかった。限界革命を原点とするジェボンズらの近代経済学であろうと、『資本論』という圧倒的な知的成果を持つマルクス経済学であろうと、多様な経済学説の中の一つである。

      「学説は開発した人の私有財産であり、コモン・ストックは、真実のみである」という格言があるが、わたくしには、この表現が納得できる。

      日本には、厳しい自然環境の中で、生き抜き、自然を人間にとって魅力あるものに変化させ、生活や仕事に活かす伝統がある。

       

      日本人にとっては、自然からの学習が原点であって、自然から学んで、自然を人間にとっての師とし、その良さを伸ばし、人間の潜在能力を開発するうえでの障害を予知し、回避し、原因を解明して克服しようとする。

      そのためには、伝統的に「神・仏・儒」のよいところから学んで生活に活かす、という思想がある。

      生活や仕事の現場に真実があり、神様、仏様、儒学者様は、その必要に応じて貢献してくださればよい。一つだけの考え方に固執してしまっては、真実が見えなくなる。

       

      ***********************************

      そんななかで、A.スミスのコモン・ストック論は、生存競争を克服して、人々が‘ひろがり’と‘つながり’を再生する‘営み’をすること。

      この‘営み’が、孤立化からの再生に向かわせるという‘真実’を把握する上で、大変有効な理論的枠組みであった。

      例えば、当時、現場の調査をしていると、生存競争で倒産させられ、経営者が逃亡してしまう企業がある。これは、生産していた商品が売れなくなり、金融が途絶し、企業が社会から孤立してしまうことを意味する。ところが、世の中は、この孤立化を乗り越える「絆」をモコン・ストックとして持っているのである。それは、平常からの、商品を現場と創る人と、注文してくれて買っていてくれていた人との「信頼関係という絆」である。平素はあたりまえのこと、目に観えなかったものが、「企業再生」となると、観えてくるのだ。

      経営者がいなくても、現場で、よいものをつくって、平素からの顧客に売りに行けば買ってくれるのだ。このような分業の中での‘ひろがり’と‘つながり’は、原材料の仕入れや、金融関係にも、継続しうるのである。

      このような絆の研究こそ、産業再生や企業再生の鍵ではないか。

       

      また、人間は、市場で商品を売買するだけではなくて、税を払って、みんなで、社会にとっての共通に必要な公共サービスを提供させ、費用を分担するという制度がある。ここで、納税する人は、個別の商品を購入するだけでは得られない、「社会に共通のもの=コモン・ストック(例えば、安全、警察、公衆衛生など、社会の共通の絆)」を発見し、認識して、そこに社会の資源を配分しているのだ。

      市場や財政活動の背後にあるコモン・ストック。この本質はなんだろうか。

       

      ***********************************

      スミスの分業論は、人々が農業専業の社会から、工業における分業、例えば、ピンの製造において、針金を切る人、先をとがらす人、頭をつける人、包装する人、などが分化してゆく。

      これが、職業的独立の基礎となり、各分野の専門の生産者がうまれる。小麦を創る人、鍬を創る人、酒を造る人、衣料品を創る人、などなど、多様な職業が成立してゆく。

      分業の成果を市場に持ち寄って交換すると、それぞれの職業が生み出した個々人の才能開発の成果が、互いに生かされあう。差異を認め合ったうえでの「コモン・ストック」が形成される。

       

       各人の才能の差異は、‘個人のもの’であって、同時に、‘社会の人々のもの’でもある。個々人は、この結果を予想して商品を交換したわけはないが、結果としては、個々人の才能の差異が個々人の知識や体験の幅を広げる。

       興味があるのは、スミスの商品交換モデルには、登場しないが、「商人」を、商品交換に介在させて、コモン・ストックの意味を考えてみることである。これは、日本流の発想であって、尊徳は分業社会の大事さを認識しながら、同時に、分業を仲介し、それを超えてゆく人間関係に注目する。

       その人間関係とは、買い手も喜び、売り手も歓ぶ人間関係である。では、次回。

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      教育人生71(推譲経済学の生誕)−5「コモン・ストックと推譲経済」池上惇
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        ━━━第71部━推譲経済学の生誕━━━

        5「コモン・ストックと推譲経済」池上惇

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        私が、A.スミスのグラスゴウ大学講義を研究しながら、「コモン・ストック」という概念に出会い、それを、‘学習社会における人間発達の過程’と結合し始めたのは、いつごろであったろうか。1960年年台の後半から1970年代に至る激動の時代であったように記憶する。

        そのころ、大学は、しばしば、封鎖中で、講義の最中に拘束されて学外に「追放」されるなど、日常茶飯であった。

         

        大学の中でやらせてもらえないなら、「現場」からやればいいや、と、当時、20歳代の若手の研究者たちと、「現場に基礎を置いた新しい経済学」の構築を目指した。所得倍増政策の幻想だか、希望だか、定かでない時代。

        朝鮮戦争後の不況から三菱三重工の合併に象徴される産業再編成の時代でもあった。産業の現場は、どこも、きびしく、生存競争の鬨の声が反響する。

        ケインズがいう「豊富の中の貧困」が大規模に始まった。

         

        このようなとき、伝統や習慣などのよさに注目して、そのなかに、人間発達の可能性を発見しながら、「人間再生」「産業再生」を模索する。

        そのような研究者の集団があったのだ。

        現場の厳しさ、生存競争、不況、倒産、企業再生の課題。

        私たちは、これらの課題解決のヒントを求めて、現場の調査やヒアリング、をおこない、並行して、経済学の古典のなかに、ヒントを見出そうと必死であった。

         

        非常に参考になったのは、当時の生産現場を踏まえた、A.スミスの「分業論や交換論」、J.S.ミルの「スタートラインの平等」による公正競争社会の構想、K.マルクスの労働日研究における「生活時間と労働時間の区別による人間再生の可能性」論、さらには、J.ラスキンの「自然の固有性を生かした各地固有の人間形成」論などである。

        わたくしは、そのころ、日本の経済学が日本の現場から遊離して抽象的な論理一貫性を追い求める傾向があったことに納得できなかった。また、特定学説の真理性を正当化しようとする傾向にも納得できなかった。

         

        当時、流行であった、近代経済学こそが科学であり、マルクス経済学はイデオロギーにすぎない、という説にも同意できなかったし、マルクス経済学こそ、真理を語りえているという説にも同意できなかった。限界革命を原点とするジェボンズらの近代経済学であろうと、『資本論』という圧倒的な知的成果を持つマルクス経済学であろうと、多様な経済学説の中の一つである。

        「学説は開発した人の私有財産であり、コモン・ストックは、真実のみである」という格言があるが、わたくしには、この表現が納得できる。

        日本には、厳しい自然環境の中で、生き抜き、自然を人間にとって魅力あるものに変化させ、生活や仕事に活かす伝統がある。

         

        日本人にとっては、自然からの学習が原点であって、自然から学んで、自然を人間にとっての師とし、その良さを伸ばし、人間の潜在能力を開発するうえでの障害を予知し、回避し、原因を解明して克服しようとする。

        そのためには、伝統的に「神・仏・儒」のよいところから学んで生活に活かす、という思想がある。

        生活や仕事の現場に真実があり、神様、仏様、儒学者様は、その必要に応じて貢献してくださればよい。一つだけの考え方に固執してしまっては、真実が見えなくなる。

         

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        そんななかで、A.スミスのコモン・ストック論は、生存競争を克服して、人々が‘ひろがり’と‘つながり’を再生する‘営み’をすること。

        この‘営み’が、孤立化からの再生に向かわせるという‘真実’を把握する上で、大変有効な理論的枠組みであった。

        例えば、当時、現場の調査をしていると、生存競争で倒産させられ、経営者が逃亡してしまう企業がある。これは、生産していた商品が売れなくなり、金融が途絶し、企業が社会から孤立してしまうことを意味する。ところが、世の中は、この孤立化を乗り越える「絆」をモコン・ストックとして持っているのである。それは、平常からの、商品を現場と創る人と、注文してくれて買っていてくれていた人との「信頼関係という絆」である。平素はあたりまえのこと、目に観えなかったものが、「企業再生」となると、観えてくるのだ。

        経営者がいなくても、現場で、よいものをつくって、平素からの顧客に売りに行けば買ってくれるのだ。このような分業の中での‘ひろがり’と‘つながり’は、原材料の仕入れや、金融関係にも、継続しうるのである。

        このような絆の研究こそ、産業再生や企業再生の鍵ではないか。

         

        また、人間は、市場で商品を売買するだけではなくて、税を払って、みんなで、社会にとっての共通に必要な公共サービスを提供させ、費用を分担するという制度がある。ここで、納税する人は、個別の商品を購入するだけでは得られない、「社会に共通のもの=コモン・ストック(例えば、安全、警察、公衆衛生など、社会の共通の絆)」を発見し、認識して、そこに社会の資源を配分しているのだ。

        市場や財政活動の背後にあるコモン・ストック。この本質はなんだろうか。

         

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        スミスの分業論は、人々が農業専業の社会から、工業における分業、例えば、ピンの製造において、針金を切る人、先をとがらす人、頭をつける人、包装する人、などが分化してゆく。

        これが、職業的独立の基礎となり、各分野の専門の生産者がうまれる。小麦を創る人、鍬を創る人、酒を造る人、衣料品を創る人、などなど、多様な職業が成立してゆく。

        分業の成果を市場に持ち寄って交換すると、それぞれの職業が生み出した個々人の才能開発の成果が、互いに生かされあう。差異を認め合ったうえでの「コモン・ストック」が形成される。

         

         各人の才能の差異は、‘個人のもの’であって、同時に、‘社会の人々のもの’でもある。個々人は、この結果を予想して商品を交換したわけはないが、結果としては、個々人の才能の差異が個々人の知識や体験の幅を広げる。

         興味があるのは、スミスの商品交換モデルには、登場しないが、「商人」を、商品交換に介在させて、コモン・ストックの意味を考えてみることである。これは、日本流の発想であって、尊徳は分業社会の大事さを認識しながら、同時に、分業を仲介し、それを超えてゆく人間関係に注目する。

         その人間関係とは、買い手も喜び、売り手も歓ぶ人間関係である。では、次回。

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        教育人生71(推譲経済学の生誕)−4「シャピロ先生の教え」池上惇
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          ━━━第71部━推譲経済学の生誕━━━

          4「シャピロ先生の教え」池上惇

          ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           

          市民大学院、初年度の都市環境政策論は角橋徹也先生のご担当であった。

          先生は、大阪で公務員を勤められてから、御夫婦でオランダにご留学。

          先生の学位論文の基礎となった「オランダ都市計画研究」の日本における第一人者となられた。ご講義は、オランダと日本の社会住宅政策を実証的に比較しながらの迫力ある、独創的内容であった。多くの受講者は、普通の大学や大学院では到底聞くことのできない質の高さに感激し、また、現場での取り組みの中から厳しい反論や批判も出て、毎回、白熱の議論が交わされた。今後の日本の都市環境政策にとっての基軸となる研究基盤が形成された。

          この4月1日からの「二年目の都市環境政策論」は、第一、第三月曜日、次回は、4月16日(月)午後4時都市環境政策、午後5時半、未来学、の講義として、シャピロ先生が担当してくださる。

          先生は、角橋先生のご紹介である。

          この3月まで、大阪芸術大学で環境計画学科の創設を推進され、日本における環境アセスメント制度の開拓者であった。都市や地域の環境デザイン、計画化などの構想について独自の創造的貢献をされてきた。

          すなわち、自然自体が、各地の固有資源を生かして、創造するデザインを人間が発見してゆく。そのなかで、人間自身も自分自身を変えながら、都市や地域をつくる‘営み’、を積み上げてゆく。

          ここでは、人間は自然の一部でありながら、自然の固有性を生かして、人間の健康や人間の潜在能力を開発し、人間発達を実現してゆく。

          未来学とは、このような個々人の構想を持ち寄り、議論する中で、5年、10年、50年、250年先などの未来像を予測する学術のこと。

          景観と生活、産業などが調和した、多様な要素のダイナミックなハーモニーを期待できる。

          大いに参加して、大いに議論できる、角橋先生の伝統を継承し、さらに、多くの論点に至る発展が可能。

          ぜひ、初めての各位もご参加を乞う。5時半からのご講義は、昼間の仕事を済ましてからでも可能。資料をもらって帰って読むのも楽しい。

          御推奨の文献は、I. L.マクハーグ(McHarg)著、下河辺淳ほか訳『デザイン・ウイズ・ネイチャー(Design with Nature)』1994年。原書は、第二版が、J. Wiley & Sons, から、1992年に刊行されている。

          スコットランド、グラスゴウで育ったマクハーグ先生の貴重な自伝も含まれていた。

           ****************************

          池上の雑感・昨日のご講義の際も、風邪がなおらず、せき込むことが多く、マフラーと外套を着たままでの、失礼な受講生であった。おわびあるのみ。

           一向に、よくならず、医者通いをしながらの「隠遁」生活。若手研究者や、研究科長にご迷惑のかけどおし。大坂での打ち合わせ会も依然出席不可能。困ったものです。

           それにも、かかわらず、シャピロ先生のお教えを頂いて、ラスキンや尊徳から学んだこととの重なりや、「宇宙船地球号」的な発想で、地球の未来を構想した、K.E.ボールディングの「進化経済学」との関係を深く考えさせられた。

          かれらは、共通して、「自然の生態や創造性」を「地域の固有のもの」として高く評価しながら、同時に、人類が伝統や習慣の中で構築した「社会の記憶」、実践を記憶と照合して、行動の型を変えること。つまり、各自の個性的な記憶を「共通資産(コモン・ストック)」として、人間が実践し、相互学習する中で、自然の創造力、デザイン力を発見してゆく過程を重視しした。ラスキンが古典的な芸術作品に見出した固有価値。ボールディングが、人類の知的資産である、ノウハウ・物質・エネルギーなどの総合化された概念がそれである。

           サイバネティクス理論の現代的発展ともいえる、ボールディングらの試みを、シャピロ理論と総合化すれば、さらに、強固な環境文化デザイン学が展開しうるのではないだろうか。

           妄言多謝。

           

          | - | 21:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
          教育人生71(推譲経済学の生誕)−3「起死回生の実践」池上惇
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            ━━━第71部━推譲経済学の生誕━━━

            3「起死回生の実践」池上惇

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            2012年3月末が終わった。

            かつてない、盛り上がりの中での申請であった。

            それは、一にも二にも若手研究者の御奮闘による。これまで、難しかった課題は、彼の熱意ある取り組みの中で、次々に扉が開かれていった。

            これまでの、窓口のご担当者には、懇切な対応を頂いていたが、今回は、若手の情熱に応じてくださり、詳細なご指導がいただけた。本人も感動して完璧な仕上がりを目指してくれたし、毎年、難渋する賃貸契約も、今年は、関係者が全力でご努力を賜り、期限内に契約が完了した。

             

            最後の詰めのところで、私の健康が尽きてしまい、文書の最終チェックに目が届かず、大きなミスが残ってしまった。ミスを自分で発見して自分で申請を取り下げるとは、生まれて初めての体験。申し訳なくて、落ち込んだ。

            しかし、体力の限界を事前に計算しなかったのは、あきらかに、わたくしの不徳。

            関係者に、とくに、御奮闘いただいた、若手の研究者、最後まで、面倒を見ていただいた御支援者に深く感謝し、心からのお詫びを申し上げます。

             

            同時に、これで、2013年3月末申請のスタートが切れましたので、今度は、抜かりなく、体制を創ります。なにとぞ、引き続きましてご支援を賜りますように。

            私の体力ですが、さすがに、無理がたたったようです。

            医者の見立てでは普通の風邪であるが、高齢なのですぐに完治せず安静を必要とするとのこと。それを無視して連日、東京との往復など、無茶を重ねました。当然の報い。

            長らくつけたことのなかったマスクもつけ、年よりらしく、激しい動きを慎んで頑張ってみます。

            ブログも長い間、お休みして申し訳ありません。

             

            推譲経済学の解明という大きな課題が発見できて、これからというときに、御心配をおかけしました。お許しを。

            また、元気に再開します。

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            今日は、午後2時から市民大学院の始業式。

            荒木君が基調報告を引き受けてくださった。人生最高の幸せ。

            では。

            | - | 02:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |