2010.02.06 Saturday
池上惇 │ 私の教育人生 第35部 8 「内村鑑三の地人論」(2/6/'10)
今日の話題 2010年2月6日
池上 惇
━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 1 内村鑑三の地人論
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
あすは、各地の研究交流の貴重な機会「地元学ネットワーク交流会」
「各位の研究成果交流会」の日なので、地元学についての私見を聞い
ていただける事となった。
前回、12月末ごろに例会を持っているので、そのときから今日まで、
私が勉強した成果をご報告することになる。
この間の私なりの成果は二つあった。
一つは、ある学会からの原稿依頼で「ルーラル・サスティナビリティ」
論の展開である。尊敬する友人からのご依頼であったので、正月返上
で頑張った。
いま一つが、私の本棚でもご紹介した、内村鑑三『地人論』岩波書店
(文庫)1942年である。
これは、地元学や「文化による‘まちづくり’」論、地域文化政策や
企業文化政策の「原論」といえる古典である。
このほか、年末に、岩波からでた、『フェアトレード』も参考になった。
本書の解説を執筆した鈴木俊朗氏は『地人論』について、内村は、
これを、”Spirit of Geography”(地理の精神)とも呼んでいたそうだ。
確かに、内村鑑三は、この地球上に暮らす人々=地球市民の自然や
歴史に対する邂逅、あるいは詩としての「地の理」を展開して見せて
いる。
地の理とは、自然に内在する、あるいは、神がつくりたもうた、地球上
の‘暮らしのデザイン’である。それは、固有の潜在力を持っていて、
この潜在力を無視して、町や村を作ると、資源が浪費されて、人の
生命と生活が危機に直面する。いわゆる環境問題や自殺、孤立、教育
危機が迫ってくる。
人が、経験知と学習によって、この固有の価値を見出したとき、神の
つくりたもうた‘デザイン’が、見えるようになる。
固有の素材が生かされ、リサイクルが進み、創造的なアイディアが
生まれて、自然との共生の下での人々の繋がりが再生される。
そして、人々に寄り添った「文化による‘まちづくり’」が進む。
人間が復興してくるのだ。
彼は、地球の表層ではあるが人類の‘営み’という意味では深い意味
を持つものとして、地理学を位置づけた。しかし、この地理学は私たち
が大学や高校で学んだものとは全く違う。
彼は、彼流の地理学、地中の構造を知る地質・鉱物学、天空を知る
天文学の3者をもって世界の繋がりを認識しようとする「有限なる
人知」の素晴らしさと限界を提示しようとした。
この構想力には驚かされる。
「地質学の如く深からず、天文学の如く高からず、現世的にして皮相的
なる地理学は探り易くて解し易し、然れども其の解し易きが故に吾人
これを思うこと稀なリ、その解し易きが故に地の理は人の多く究めざる
所なり、
皮相的たる必ずしも浅薄の意にあらず、慈母の柔顔は彼女心情の現出
ならずや、現世的たる必ずしも寸時の意にあらず、現在とは過去と未来
を繋ぐ永遠の一部分たるにあらずや。
地理学は実に諸学の基なり、我ら地の事を知らざるにいかで天の事を
悟るを得んや、吾人の智識は地を以って始む、未だ腔内五臓の妙器ある
を知らざる前に我等は巳に山川の子供なり、その阜丘は我等の遊園なり、
その渓川は我等の漁場なり、我等に心霊の奥殿を開かるるありて驚愕
以てその無限を探らんとするの念起こる前に、白頂秀峰先づ我等に詩感
を起し、漲流怒涛先ず我等の静思を攪乱す、
地を以て始め天を以て終わる、
殖産、政治、美術、文学、宗教は此絶頂絶下両極端に亙る人生の楷段
なり、
地を究めずして此楷梯を昇らんとするものは夢に雲井に上るが如く、
発点なきが故に着点に達するを得ざる人なり。」(12−13ページ)
われわれは、各地に生まれてから昇天するまで、各地に固有の地の理
を究め、産業や経済を起し、政治や行政を行い、子や人を育て、美や文
を追求し、自然や神に祈る。
「仕事を起こし、地域を創り、人を育て、文化を高める」‘営み’によっ
て、先人から学び、経験を蓄積し、次世代に伝える。
そして、鑑三のように、「慈母の柔顔」から「彼女の心情の現出」を読み
取る力量、また、「現世」の一瞬から「現在とは過去と未来を繋ぐ永遠
の一部分」であると喝破する凄さを身につける。地域固有の文化や文化
資源と一体になった経済、そして、政治や行政、教育や文化、これら
があってこその人生である。
この書は、地球人類に対する、深い認識と、それを基礎とした各地域
住民の生きるための智恵や、驚くべき構想力について世界各地を引き
合いに出しながら、凝縮して示した。
例えば、彼が殖産というのは、経済に関わることがらである。
経済について言う。
「地理なしの殖産は人間としてのモラルや自覚のない人々のそれで
ある。殖産とはいえない。・・・・・・地理学に暗ければこそ至少の
経済上の変動により我国幾多の有望資産家をして金融緩慢を嘆ぜしめ、
狭隘なる領土の上に無限の欲望を幽閉し、権力に頼み、同胞を圧し
以て天与の聖欲を伸ばし得ざらしむ、」(13−14ページ)
彼は吉田松陰の次の言葉を引いている。
「地を離るれば人なし、人を離るれば事なし、故に事を成さんと欲す
る者は応に地理を究むべし」(16ページ)
また、陽明子を引いて言う。
「人格高潔で人から尊敬され学識ある人物にとっては、天地万物は
一体のものだ。彼は、天下を一家としてみるから、中国もその一家の
一人に過ぎない」(21ページ)
彼は、まさに、地球市民の発見者であった。
本書、解説者の鈴木によれば、内村鑑三自身は、本書刊行後、1919年、
日誌の中で、次のように述べている。
『地人論の改訂に従事した、二十五年前に成りし自分の著述を読んで
少なからず教へらるるところがあった、・・・・・今に至って地理学者
とならずして聖書学者となりし事を悔いざるを得ない、詩人シルレル
が言いし如く「自由は山に在り、腐敗の気は未だ嘗て其新鮮なる気流
を汚せしことなし、あ丶自然は到る所に完全なり、唯人のみが憂苦を
以って之を毀損す」と、然り自由は山に在り海に在り、・・・・あ丶人
よ青年よ、汝等の自由を求めんと欲せば・・・山と海と地理学とに行
けよ。』(198ページ)
世界の山川を縦横に駆け巡りつつ、よき出会いをもって自分を高める
人々。
かれらは、歴史の繋がりを発見し、慈母の表情を介して人々の繋がり
を見出す。
私たちが研究対象としてきた「文化による‘まちづくり’」を担う人々
の歓びや悲しみ、叡智や学識もまた、これらの発見の上で展開されて
いる。
日本の学会は保守的なところも残っているから、「まちづくり」は、学術
における概念ではない、などと、いう人もいる。
しかし、内村によれば、神のつくりたもうた「まちづくり」のデザイン
を研究し、発見することは、誰にとってもこの上ない研究対象であり、
殖産、経済、政治、美術、文学、宗教などを究める基礎的前提である。
それは、各地の固有の人々の‘生きざま’の研究とその方向性の研究
でもあって、地理学というよりも、彼が、この書物のタイトルに選ん
だ「地人論」そのものであろう。
先のルーラル・サスティナビリティとを、農村的生活において維持さ
れるべきもの、と、理解すれば、地人こそは、まさに、その象徴とい
うべきであろうか。
池上 惇
━━第35部━持続可能な創造型ストック━━━━━━
私の教育人生 1 内村鑑三の地人論
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
あすは、各地の研究交流の貴重な機会「地元学ネットワーク交流会」
「各位の研究成果交流会」の日なので、地元学についての私見を聞い
ていただける事となった。
前回、12月末ごろに例会を持っているので、そのときから今日まで、
私が勉強した成果をご報告することになる。
この間の私なりの成果は二つあった。
一つは、ある学会からの原稿依頼で「ルーラル・サスティナビリティ」
論の展開である。尊敬する友人からのご依頼であったので、正月返上
で頑張った。
いま一つが、私の本棚でもご紹介した、内村鑑三『地人論』岩波書店
(文庫)1942年である。
これは、地元学や「文化による‘まちづくり’」論、地域文化政策や
企業文化政策の「原論」といえる古典である。
このほか、年末に、岩波からでた、『フェアトレード』も参考になった。
本書の解説を執筆した鈴木俊朗氏は『地人論』について、内村は、
これを、”Spirit of Geography”(地理の精神)とも呼んでいたそうだ。
確かに、内村鑑三は、この地球上に暮らす人々=地球市民の自然や
歴史に対する邂逅、あるいは詩としての「地の理」を展開して見せて
いる。
地の理とは、自然に内在する、あるいは、神がつくりたもうた、地球上
の‘暮らしのデザイン’である。それは、固有の潜在力を持っていて、
この潜在力を無視して、町や村を作ると、資源が浪費されて、人の
生命と生活が危機に直面する。いわゆる環境問題や自殺、孤立、教育
危機が迫ってくる。
人が、経験知と学習によって、この固有の価値を見出したとき、神の
つくりたもうた‘デザイン’が、見えるようになる。
固有の素材が生かされ、リサイクルが進み、創造的なアイディアが
生まれて、自然との共生の下での人々の繋がりが再生される。
そして、人々に寄り添った「文化による‘まちづくり’」が進む。
人間が復興してくるのだ。
彼は、地球の表層ではあるが人類の‘営み’という意味では深い意味
を持つものとして、地理学を位置づけた。しかし、この地理学は私たち
が大学や高校で学んだものとは全く違う。
彼は、彼流の地理学、地中の構造を知る地質・鉱物学、天空を知る
天文学の3者をもって世界の繋がりを認識しようとする「有限なる
人知」の素晴らしさと限界を提示しようとした。
この構想力には驚かされる。
「地質学の如く深からず、天文学の如く高からず、現世的にして皮相的
なる地理学は探り易くて解し易し、然れども其の解し易きが故に吾人
これを思うこと稀なリ、その解し易きが故に地の理は人の多く究めざる
所なり、
皮相的たる必ずしも浅薄の意にあらず、慈母の柔顔は彼女心情の現出
ならずや、現世的たる必ずしも寸時の意にあらず、現在とは過去と未来
を繋ぐ永遠の一部分たるにあらずや。
地理学は実に諸学の基なり、我ら地の事を知らざるにいかで天の事を
悟るを得んや、吾人の智識は地を以って始む、未だ腔内五臓の妙器ある
を知らざる前に我等は巳に山川の子供なり、その阜丘は我等の遊園なり、
その渓川は我等の漁場なり、我等に心霊の奥殿を開かるるありて驚愕
以てその無限を探らんとするの念起こる前に、白頂秀峰先づ我等に詩感
を起し、漲流怒涛先ず我等の静思を攪乱す、
地を以て始め天を以て終わる、
殖産、政治、美術、文学、宗教は此絶頂絶下両極端に亙る人生の楷段
なり、
地を究めずして此楷梯を昇らんとするものは夢に雲井に上るが如く、
発点なきが故に着点に達するを得ざる人なり。」(12−13ページ)
われわれは、各地に生まれてから昇天するまで、各地に固有の地の理
を究め、産業や経済を起し、政治や行政を行い、子や人を育て、美や文
を追求し、自然や神に祈る。
「仕事を起こし、地域を創り、人を育て、文化を高める」‘営み’によっ
て、先人から学び、経験を蓄積し、次世代に伝える。
そして、鑑三のように、「慈母の柔顔」から「彼女の心情の現出」を読み
取る力量、また、「現世」の一瞬から「現在とは過去と未来を繋ぐ永遠
の一部分」であると喝破する凄さを身につける。地域固有の文化や文化
資源と一体になった経済、そして、政治や行政、教育や文化、これら
があってこその人生である。
この書は、地球人類に対する、深い認識と、それを基礎とした各地域
住民の生きるための智恵や、驚くべき構想力について世界各地を引き
合いに出しながら、凝縮して示した。
例えば、彼が殖産というのは、経済に関わることがらである。
経済について言う。
「地理なしの殖産は人間としてのモラルや自覚のない人々のそれで
ある。殖産とはいえない。・・・・・・地理学に暗ければこそ至少の
経済上の変動により我国幾多の有望資産家をして金融緩慢を嘆ぜしめ、
狭隘なる領土の上に無限の欲望を幽閉し、権力に頼み、同胞を圧し
以て天与の聖欲を伸ばし得ざらしむ、」(13−14ページ)
彼は吉田松陰の次の言葉を引いている。
「地を離るれば人なし、人を離るれば事なし、故に事を成さんと欲す
る者は応に地理を究むべし」(16ページ)
また、陽明子を引いて言う。
「人格高潔で人から尊敬され学識ある人物にとっては、天地万物は
一体のものだ。彼は、天下を一家としてみるから、中国もその一家の
一人に過ぎない」(21ページ)
彼は、まさに、地球市民の発見者であった。
本書、解説者の鈴木によれば、内村鑑三自身は、本書刊行後、1919年、
日誌の中で、次のように述べている。
『地人論の改訂に従事した、二十五年前に成りし自分の著述を読んで
少なからず教へらるるところがあった、・・・・・今に至って地理学者
とならずして聖書学者となりし事を悔いざるを得ない、詩人シルレル
が言いし如く「自由は山に在り、腐敗の気は未だ嘗て其新鮮なる気流
を汚せしことなし、あ丶自然は到る所に完全なり、唯人のみが憂苦を
以って之を毀損す」と、然り自由は山に在り海に在り、・・・・あ丶人
よ青年よ、汝等の自由を求めんと欲せば・・・山と海と地理学とに行
けよ。』(198ページ)
世界の山川を縦横に駆け巡りつつ、よき出会いをもって自分を高める
人々。
かれらは、歴史の繋がりを発見し、慈母の表情を介して人々の繋がり
を見出す。
私たちが研究対象としてきた「文化による‘まちづくり’」を担う人々
の歓びや悲しみ、叡智や学識もまた、これらの発見の上で展開されて
いる。
日本の学会は保守的なところも残っているから、「まちづくり」は、学術
における概念ではない、などと、いう人もいる。
しかし、内村によれば、神のつくりたもうた「まちづくり」のデザイン
を研究し、発見することは、誰にとってもこの上ない研究対象であり、
殖産、経済、政治、美術、文学、宗教などを究める基礎的前提である。
それは、各地の固有の人々の‘生きざま’の研究とその方向性の研究
でもあって、地理学というよりも、彼が、この書物のタイトルに選ん
だ「地人論」そのものであろう。
先のルーラル・サスティナビリティとを、農村的生活において維持さ
れるべきもの、と、理解すれば、地人こそは、まさに、その象徴とい
うべきであろうか。






